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第381回

加速するがん全ゲノム解析


京都大学、本庶佑センター長のがん免疫総合研究センター設置

2020/12/18

免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬

 がんの薬物療法は、古典的な殺細胞効果薬剤から始まり、現在は分子標的薬、さらには2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏による「オプジーボ」に代表される免疫チェックポイント阻害薬と様々な作用機序を持つ新薬が開発されて急速な発展を遂げ、医療現場が大きく変わりつつある。

 がんは、遺伝子に生じた「異常」、遺伝子の配列が変化する構造変異や遺伝子産物であるたんぱく質が過剰に発現していることなどが原因で発生するが、近年は、これら遺伝子の異常を標的として、その機能を制御する「分子標的薬」が次々と開発されている。これらの分子標的薬は、異常がある遺伝子に対してのみ効果が見られるため、個々の患者のがん細胞にどのような異常が生じているかを詳細に調べる必要がある。

 また、がんが免疫細胞に対してブレーキをかけて免疫細胞の攻撃を阻止するが、このブレーキを解除するのが、免疫チェックポイント阻害薬だ。いずれの薬剤にも、患者個人のがん関連遺伝子のゲノム分析、情報を知ることが治療を進めるうえで重要となっている。

 京都大学は、20年4月1日に医学研究科附属がん免疫総合研究センター(本庶佑センター長、京都大学高等研究院特別教授兼任)を設立し、その拠点となるがん免疫総合研究センターの建築設計および設備設計を20年5月から進めている。

ユニクロの柳井正氏が50億円寄付

 このセンターに関連して、(株)ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏が「PD-1 阻害がん免疫療法に対する研究助成」の基金を寄付する。基金の開設期間は20年4月22日から30年4月21日で、5億円×10年間、総額50億円の寄付を予定している。

 この基金により、未知のがん免疫機構に関する基礎知見の集積と新規がん免疫治療シーズの発見、がん免疫治療を最適化する薬剤選択や他の薬剤選択との併用法の開発、がん免疫治療で恩恵を受ける患者を識別する方法の開発などといった、がん免疫分野における研究および人材育成拠点として、日本ひいては世界をリードできる組織へと発展していくことが期待されている。

厚生労働省、全ゲノム解析等実行計画(第1版)策定

イギリスは23年までに100万ゲノム解析へ

 全ゲノム解析については、国家プロジェクトとしてゲノム医療や研究の取り組みが進められており、アメリカでは15年よりPrecision Medicine Initiativeを開始し、遺伝子などに関する個人ごとの違いを考慮した予防や治療法を確立する取り組みが推進されている。イギリスでは、18年にGenomics Englandが、がんや稀少疾患を対象に、10万ゲノム解析を完了し、23年までに100万の全ゲノム解析などの実施を目指している。

 こうした状況のなかで、日本においても国家戦略として全ゲノム解析等(全エクソーム解析・トランスクリプトーム解析を含む)を推進するため、厚生労働省は19年12月20日に全ゲノム解析等実行計画(第1版)を策定した。がん領域と難病領域で構成されているが、ここでは、がん領域に絞って見てみる。

新たな治療法の開発へ

 がんの全ゲノム解析等は、1人ひとりにおける治療精度を格段に向上させ、治療法のない患者に新たな治療を提供するといったがん医療の発展や個別化医療の推進など、がんの克服を目指したがん患者のより良い医療の推進のために実施するものだ。全ゲノム解析等により、がん医療への活用、日本人のがん全ゲノムデータベースの構築、がんの本態解明、創薬といった産業利用を進めていく。

 短期的には、現在は研究段階であるリキッドバイオプシーによる層別化医療や再発予測、ゲノム情報に基づく医薬品の使い分けなどの個別化医療を推進し、ネオアンチゲンや特異的TCR導入T細胞療法などといった新たな治療法を開発する。また、オミックス解析を同時に実施することにより我が国の医薬品に関する研究開発を促進し、将来的には、がん患者の生殖細胞系列の解析結果をもとに、リキッドバイオプシーによるがんの早期発見やがんを予測する技術、ヘルスケア分野へ活用する。これらの成果によって、我が国におけるがん医療を、より高精度かつ効率的な段階に移行させる。

データベース、本体解明、創薬開発

 取り組みとして、日本人のがん患者の全ゲノム情報等を網羅的に収集し、質の高い臨床情報を統合したがんの全ゲノム配列データベースを作成する。このデータベースは、日本人のがん患者に対するゲノム医療の基盤となるほか、国のがん対策に活用する。また、日本人のがんの全ゲノム配列データベースは、海外先行事例との差別化が必要である。

 全ゲノム解析等を実施することによって、遺伝子パネル検査や全エクソーム解析では得ることができないがんゲノム情報の収集を可能とし、がんの本態解明をさらに進める。

 さらに、新たながん化メカニズムや薬剤耐性機序の解明を加速し、創薬のターゲット探索空間を大幅に広げる。また、日本人に多いがんを対象として、遺伝子パネル検査の開発、改良など、診断薬についても進歩させる。

バイオバンク5カ所を想定

 具体的な進め方として、全ゲノム解析等を進めつつ、得られた成果を、遺伝子パネル検査やリキッドバイオプシーに導出し、患者の層別化医療につなげるなど、速やかに医療現場の実利用に生かしていく。また、今後提供される新たな検体について、全ゲノム解析等により得られた成果も、提供した患者の医療に適切に活用する。

 がんの全ゲノム解析等を進めるにあたり、まず、先行解析で日本人のゲノム変異の特性を明らかにし、本格解析の方針決定と体制整備を進める。このため、最大3年程度をめどに、当面は主要なバイオバンク1(3大バイオバンクのうちがん症例を有するバイオバンク・ジャパン、国立がん研究センターバイオバンク、がん登録数の上位2位の静岡がんセンター、がん研究会有明病院、白血病の大規模検体を有する京都大学の5カ所を想定)の検体(現在保存されている最大約6.4万症例[13万ゲノム])および今後提供される新たな検体数(今後提供される新たな検体、国立がん研究センター中央病院では、例年1000件程度)を解析対象とする。

 先行解析では、当面は解析結果の利用に係る患者同意の取得の有無、保管検体が解析に十分な品質なのか、臨床情報の有無等の条件を満たして研究利用が可能なもの(がんの先行解析で研究利用が可能なものは50%程度と想定)を抽出したうえで、有識者会議での意見を踏まえ、5年生存率が相対的に低い難治性のがんや稀な遺伝子変化が原因となることが多い希少がん(小児がんを含む)、遺伝性のがん(小児がんを含む)について、現行の人材・設備などで解析が可能な範囲で全ゲノム解析等を行うとしている。

 5年生存率が低いものというのは、全部位平均(62.1%)値より低い難治性のがん2.3万症例(肺0.9万症例、食道0.2万症例、肝臓0.3万症例、胆膵0.2万症例、卵巣0.6万症例、白血病0.1万症例)や、臨床的に難治性と考えられ、かつ全ゲノム解析等が新たな治療・診断の研究開発に資すると考えられるがん種を想定している。

東京大学、ヒトゲノム解析センターがリード

GPGPU導入へ

宮野悟センター長
宮野悟センター長
 日本におけるがんゲノム研究においては、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター(宮野悟センター長)がスパコン「SHIROKANE」とAI(IBM Watson Genomic Analytics、のちにWatson for Genomicsと呼び方を変更)を駆使し独走しており、日本のトップがんゲノム研究はほぼすべてこのスパコンから出てきたといわれている(※詳細は電子デバイス新潮流 第355回「がんゲノム医療はパネル検査から全ゲノム解析へ」に掲載)。

 ある患者は、人間ドックで白血球、好酸球増多を指摘され、近医受診により急性骨髄性白血病(AML)が疑われたため、セカンドオピニオンを希望し、精査加療目的に同血液腫瘍内科に入院した。17年に骨髄検査を行い、FISH法でFIP1-PDGFRα融合遺伝子が見つかった。

 患者は「ゲノム異常はこれだけか? ほかに『悪たれ』(原因)はいないのか?」と不安を募らせるため、全ゲノムシークエンスをすると7488個の体細胞変異と108個の構造異常を検出した。それらの変異に対するWatsonの見立ては、FISH法で見つけていた融合遺伝子が、やはり「悪たれ」である可能性が高いというものであった。ちなみにWatson解析は10分であった。

 この融合遺伝子に対してはイマチニブなどの分子標的薬が有効と考えられ、奏功が得られている。患者への説明と同意から患者への結果報告と投薬までに要した時間は3日と8時間であったが、GPUはさらに高速化が期待され、パイプラインに組み込む方法の準備を進め、20年9月にGPGPUアクセラレーションサーバ購入の入札を行っており、21年3月31日までに導入する。

スパコン「SHIROKANE」
スパコン「SHIROKANE」
スパコン「SHIROKANE」
スパコン「SHIROKANE」


 なお、AI(人工知能)を医療現場に導入するにあたり、18年12月19日に厚生労働省医事課は、「AIを用いた診療・治療支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても、診断、治療等を行う主体は医師であり、医師はその最終的な判断の責任を負うこととなる」との通知文を公表した。これにより、医師が最終的な判断の責任を負うことで、AI導入が可能となり、京都大学附属病院においてもWatsonが使えることとなった。

スパコン「SHIROKANE」が新たな発がんメカニズム解明

 20年4月15日、京都大学の奥野恭史 医学研究科教授は、斎藤優樹 国立がん研究センター任意研修生、古屋淳史 同主任研究員、片岡圭亮 同分野長、宮野悟 東京大学教授らと共同で、これまで最大規模の症例数である6万例(150がん種以上)を超える大規模ながんゲノムデータについて、スパコン「SHIROKANE」を用いた遺伝子解析を行い、同一がん遺伝子内における複数変異が相乗的に機能するという新たな発がんメカニズムを解明した。

 この研究における解析によって、PIK3CA遺伝子・EGFR遺伝子など一部のがん遺伝子では複数の変異が生じやすいことが明らかになった。このように同一がん遺伝子に複数の変異が生じる場合、単独の変異では低頻度でしか認められない部位やアミノ酸変化がより多く選択され、相乗効果により強い発がん促進作用を示した。特にPIK3CA遺伝子で複数変異を持つ場合は、単独変異よりもより強い下流シグナルの活性化や当該遺伝子への依存度が認められ、特異的な阻害剤に対して感受性を示した。

 これらの結果は、同一がん遺伝子内の複数変異が発がんに関与する新たな遺伝学的メカニズムであることを示している。この研究により、これまで単独では意義不明であった変異が生じる理由が説明可能となるほか、複数変異は分子標的薬の治療反応性を予測するバイオマーカーにもなり得るため、がんゲノム診療に役立つことが期待される。

全ゲノムシークエンスのみ末期患者の治療法発見

 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターにおける知見(Canada British Columbiaのグループの2012~14年の研究)では、「末期のがん患者群に対し、全ゲノムシークエンスを行って解析した場合、78人中、55人において治療標的となる変異が見つかり、そのうちの23人が実際にそれに基づく治療を受けた、一方、同じ患者群に対してパネルを使った場合、81人中、結局治療につながるものは全くなかった」ことから、パネル解析に対して、全ゲノムシークエンス解析が圧倒的に優位にあることがわかる。

 23年までに100万の全ゲノム解析を目指している英国のNHS(National Health Service)のゲノム医療の方向は「がんだと判ったら全ゲノム解析を行い、診断・治療選択・予後予測」(19年)としている。世界は全ゲノムシークエンスに進んでいっており、日本もさらに加速させてほしいものである。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

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