電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第49回

ニッポンの得意技「燃料電池車」の時代がやってきた!!


~世界の安全基準に日本案採用で多くの企業に超追い風~

2013/7/5

 「これは驚くべきことだ。日本、米国、EUなど33カ国が集結して燃料電池車の安全性の国際基準を決めるのだが、うれしいことに日本案が採用される。要するに世界の燃料電池車のスタンダードを我が国日本がとることになる。これまでも強かった日本の自動車産業は世界に向けてさらに爆裂の準備が整ったことになる」

 うめくように言葉を発するこの人物は、燃料電池向けの部材に注力するメーカーの幹部である。正直言って燃料電池車はEVの次に来る環境車としての位置づけで、商業化は20年以上先と見られていた。ところが、この分野においてもまた、シェールガス革命の余波が押し寄せてきているのだ。

 燃料電池に用いられる水素は、メタノールから生成される。メタノールは窒素酸化物やCO2が少ないジメチルエーテルの原料として使われるエコ材料であり、シェールガスから相当量が生成できる。シェールガスがどんどん増産されれば、そこからメタノールを精製し、それを原料として水素が作れるようになるのだ。

 燃料電池車にはいくつもの長所がある。まずはCO2を排出しないゼロエミッション車であることだ。水素と酸素の化学反応で発生させた電気でモーターを回し、排出するのは水だけ。環境に優しいエコ車としてはこれ以上の存在はない。1回の水素の充填で800km走る点も大きなアドバンテージだ。要するにガソリン車なみなのだ。しかも、充填にかかる時間はわずか3分であり、これに対し電気自動車(EV)の充電に要する時間は30分と、実に10倍もの差がある。

 日本国内には4万7000のガソリンスタンドがあるが、1回の充電でこれらスタンドに落ちる金額は、EV数百円に対して燃料電池車は数千円とガソリン車並みだ。ガソリンスタンドがEVと燃料電池車のどちらを取り扱いたいと考えるかは、火を見るより明らかだ。こうしたガソリンスタンドに配置される水素エネルギーステーションは、推定で国内13兆円以上の市場を築くといわれている。電機メーカーや素材メーカーにとって全く想定していない巨大市場が目の前に現れたことになる。もちろん、半導体や電子部品の投入量も期待できる。

 安価なシェールガスが次々と出荷されるアメリカにおいては、電気自動車の価値はどんどん下がってきた。要するに、ガソリン車復権とシェールガスエンジン車の台頭が見えてきた。そしてまた、水素を十分に応用できる燃料電池車の価値が上がってきた。これを反映して、米国をはじめとする多くの国でEV関連のベンチャーが次々と倒産している。

 燃料電池車の世界市場は、2020年以降に3兆円が見込まれ、販売台数も150万台は十分にいけるとの見通しが出てきた。何しろ、10年前に1台1億円もした燃料電池車の価格であるが、先行するトヨタやホンダは、これを500万円程度に引き下げて普及させる考えなのだ。各種の補助金制度なども整備されれば、2018年ごろには200万円くらいの燃料電池車が出てくることも考えられる。

 「世界最高レベルの燃料電池の技術を持ち、量産にも強いメーカーは一体どこだろう。他ならぬパナソニックなのだ。主力工場の滋賀県草津工場は世界No.1との評価だ。実際のところ家庭向け燃料電池『エネファーム』においては、パナソニックが販売台数でブッチ切っている。ああそれなのに、白物家電を前面に出すという戦略を述べる同社の幹部はいったいどうしたものか」(燃料電池材料メーカー幹部)


 伸びゆく燃料電池市場をリードをしているのは何といっても日本なのだ。大手からベンチャーまで多彩な企業が先端技術の開発に取り組んでいる。
 トヨタは航続距離830kmを達成し、世界を驚かせた。ホンダも市場投入という点では先駆けており、高い技術を誇っている。ナノ材料活用の燃料電池を手がけるNEC、世界最小の携帯電話用燃料電池充電器を開発しているNTTドコモ、常温でも発電可能な固体高分子型燃料電池の開発に取り組んでいるセイコーインスツルなどの動きも見逃せない。
 また家庭用定置型で豊富な実績を持ち、携帯機器用にも市場を切り開いた東芝は、今後大型投資を構えるだろう。機能性セラミックスで固体酸化物燃料電池を開発した日本特殊陶業などにも注目したい。部材系で言えば、カーボンセパレーターで世界トップのサプライヤーである日清紡、燃料電池向け触媒で世界トップシェアを目指す田中貴金属工業、イオン交換膜技術の応用で燃料電池電解質材料の開発にチャレンジするトクヤマなど、多士済々の素材メーカーが次のビッグステージを狙っている。

 また、最近の開発では神戸製鋼が大量の水素を効率的に貯められる合金を開発したことが、世界の業界の関心を集めている。この新合金を燃料電池車の貯蔵タンクとして使えば、通常の金属材料に比べて実に3~4倍の水素を貯められるのだ。

 夢のまた夢、といわれた究極のエコカーである燃料電池車のテークオフは、日本の多くの企業を奮い立たせるのに十分なのだ。



泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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