電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第479回

22年秋の中国・共産党大会後の半導体政策のゆくえ


米国の海亀退治の中でもだえる米国への対抗心と国産化意欲

2022/11/18

 中国経済は低迷しても、中国の半導体産業はどこ吹く風の様相で右肩上がりの成長を続けてきたが、10月7日の米国の対中制裁強化と夏以降の半導体景気の落ち込みで、どうも雲行きが変わってきた。

 中国共産党の党大会で習近平政権の3期目続投が確定し、中国は米国への対抗姿勢をより明確にした。米中デカップリングが進むなかで、国防安全に関わる側面が強い半導体とその分野を得意とする日本企業は大きなうねりに翻弄される。今後の展開はどうなるのか? 一体どのような覚悟が必要になるのか? 半導体景気の後退以上に難しい、産業界だけでは克服が困難な問題が目の前に立ち塞がってきた。

党大会「3期目続投」の他に理解しておくべきこと

 5年に一度開催される中国の共産党の党大会(以下、党大会)では、党の規約改定や次期中央委員会メンバーの選出など重大事項が決定される。とくに今回(22年秋)は、習近平政権が中国の共産党史上初めて3期目続投が承認されたことが話題となった。それと台湾に対する「独立の断固反対」と「統一のために武力行使も辞さない」という姿勢に注目が集まった。しかし、マスコミ報道がこれら大きな話題に集中し過ぎ、相対的にみて中国の内政政策の個別の変化については伝えられる機会が少なかったのではないだろうか。

 今回の党大会の活動報告には、これまでには具体的に記載されたことがなかった新たな章立てが2つ加わった。1つ目は「国家安全保障」、2つ目は「科学技術・教育・人材育成の強化」の項目だ。

 「国家安全保障」では、食糧やエネルギー、サプライチェーンの安全保障が取り上げられた。世界最大の人口国の中国は、経済発展と工業化進展とともに食糧とエネルギーの自給率が低くなり、多くを輸入に依存してきた。また、ロシアのウクライナ侵攻により、今年(22年)は小麦などの食糧や天然ガスなどのエネルギー価格が高騰した。これらの供給国であるロシアとの関係は今まで以上に密接になるだろう。

 また、米国とのハイテク技術の対立や米国などが主導するデカップリングにより、国内サプライチェーンの強靭化がより重要になった。中国はこれまでもハイテク技術の国産化をスローガンに掲げてきた。しかし、今後はさらに一歩進んでハイテク技術を国産化するための装置や材料、パーツなども含めたサプライチェーンそのものの国産化が重要だと認識された。

 科学技術・人材育成の強化についても、やはり米国との対立が強く影響している。ハイレベルの科学技術の自立と自力強化を早期に実現する必要がある。そのためにはもっと基礎研究から力を入れ、イノベーションを起こしていかなければならない。その要になるのは「人材」であると明言した。中国国内における人材育成を強化するために、世界一流の大学や学科、研究室の設立を加速する。


 中国の大学や研究機関では今後、日本製の開発装置や検査装置を求める声がもっと高まるだろう。台湾に対する姿勢や国家安全保障、科学技術の強化など、いずれも米国への対抗心が強く表れており、今後はさらに米中デカップリングが加速していくような印象を多くの人が感じとった。

10月7日の対中半導体制裁

 中国の建国を記念する大型連休の最終日(10月7日)、米バイデン米政権は先端半導体をめぐる対中輸出規制を発表した。この時点で、党大会の開催は9日後に迫っていた。

 今回の対中制裁は大きく3点からなっていた。(1)米国企業がAI(人工知能)やスーパーコンピューター向けの先端技術を中国向けに開発、もしくは輸出する場合は事前認可が必要になる。(2)中国企業と半導体の先端技術や製造装置を取引する場合、中国の半導体製造施設は新たにラインセスを取得する必要がある。(3)米国人が中国の半導体製造施設に半導体の開発や生産活動を支援する場合は政府の事前許可が必要になる。

 米商務省の産業安全保障局(BIS)は同日、中国に対して新たな輸出管理規則を発表した。この輸出規制の数値条件として、NANDフラッシュは128層以上、DRAMはハーフピッチ18nm以下、ロジック半導体は14nm以下を具体的に提示した。これにより、米系半導体製造装置大手のAMATやラムリサーチ、KLAなどがYMTC(湖北省武漢市、NAND製造)やCXMT(安徽省合肥市、DRAM製造)、SMIC(上海市や北京市など、ロジックファンドリー)、華虹半導体(上海市と江蘇省無錫市、ロジックファンドリー)などに派遣していたサービスエンジニアを生産施設内から撤収させた。

 今回の制裁では、米国国籍を保有する者が中国の半導体開発や製造活動を支援することも規制した。米国の大学やハイテク企業で技術を身につけた中国出身者が中国に戻ってベンチャー企業を設立したり、ハイテク企業で働く人たちのことを、中国では「海亀族」と呼ぶ。

国慶節に合わせて中国の国旗を掲げた上海の商業施設
国慶節に合わせて中国の国旗を掲げた
上海の商業施設
 10月7日の対中制裁には、「海亀退治」を目的とした条項が加えられたのだが、実はこれが思った以上の波及効果を上げた。米国の半導体装置企業の経営幹部や技術者の中には、米国籍を保持している中国出身者が数多い。中国の半導体工場に派遣されずに米国本国に勤務していたとしても間接支援にあたるという解釈が成り立つ。これにより米国装置メーカー各社の技術サービスエンジニアが一気に引き潮のごとく中国のファブ内から消えていった。

中国ファブでは何が起きている?

 今回の制裁が発表された時期は、YMTCがちょうど今年(22年)導入分の192層用の製造装置の導入をほぼ完了していたころだった。しかし、その後、米国装置メーカーの米国人技術者だけでなく、中国のローカル技術者も一斉退去してしまった。YMTC内に用意されていた米装置メーカーの詰所に仮置きされていた交換パーツや工具も「もぬけの殻」となった。

 先端半導体を製造している中国ファブは、米国制裁の強化を警戒して、材料やパーツの在庫水準を増やしていた。中国ファブのエンジニアでも製造装置の簡単な定期メンテナンスは可能だ(半導体の製造装置は自動プログラム化されているので、作業員が装置を操作して物を作っているというよりは、装置にトラブルが起きないかお守りをしているようなものだ)。しかし、ひとたび装置トラブルが起きたら自力では即時復旧は困難だろう。

 米装置メーカーから撤収した技術サービスエンジニアは、米商務省の許可を得て稼働を続けているインテル大連(NAND製造)やサムスン西安(NAND製造)、SKハイニックス(DRAM製造)のファブに転勤した。とくに「米国から来ている人はたいていが単身赴任だったから、違う都市で働いてもたいして変わらない」(装置メーカー関係者)。しかし、「中国のローカルスタッフの中にはファブがある場所に定住している人もいるので、1000kmも離れた都市に引っ越したくない」(中国の半導体メーカーのマネジメント職)。また、高額の報酬を提示されて、米装置メーカーから勤務していたファブの中国の半導体企業に転職していった人もいる。

 「装置やパーツ、材料を入れられるうちに入れておきたい」と考えるのはどこの企業も一緒で、ベンダー企業には緊急の前倒し納入や新規契約を結びたいという打診がラッシュのように来ているという。「通常であれば3カ月ごとに納入していた材料を、次は一気に半年分を持ってきて欲しい」(材料メーカーの代理店)、「米国品を切り替えたいので、日本製のサンプル評価を進めたい」(材料メーカーの営業)という火事場特需も起きている。

米国の「ゼロチャイナ」の踏み絵

 米国は対中制裁を実施しているのが米国装置メーカーだけでは不公平だとして、日本やオランダにも同様の圧力をかけているという報道が流れた。米中間選挙前の外交ポーズであったとみることもできなくはないが、日本のマスコミで「ゼロチャイナ(製造サプライチェーンから中国を排除して経済安全保障の確立を目指す考え方)」の関連報道が増しており、多くの日本企業はこの1カ月で中国リスクの警戒度を今までにはないレベルに引き上げた。

 東京工レクトロンは11月10日、23年3月期連結業績予想について、売上高を従来の2.3兆円から2.1兆円に、純利益を5230億円から4000億円にそれぞれ下方修正した。米国の対中輸出規制の強化により、中国の顧客が設備投資計画を見直す可能性にも言及した。このような傾向は今後さらに業界内で広がっていくだろう。

 また、今夏以降の半導体市況の悪化により、半導体関連の市況は来年(23年)、前年割れするという予測が周知された。「来季の業績悪化は業界誰もが公認の確定路線なので、言い訳に頭を悩ます必要もない」(半導体業界の関係者)という状況だ。このせいで環境変化に対する保守性を増しているように感じる。もっとわかりやすく言うと、「次の試合に戦力は温存しておきたいので負けてもいいから守りを固めておけばいい。もしもの一打逆転を狙うという意欲は湧きにくい」…そんな心理になりがちではないだろうか。

 24年後半に米国でTSMCやサムスンの工場が稼働を始める。TSMCは熊本にもやって来る。半導体のサプライチェーンは確実に米中デカップリングに進んでいる。

 しかし、TSMCは11月中旬、米国アリゾナ工場の第2期計画は確定していないと強調した。TSMCの経営から退いた創業者のモーリス・チャン氏は過去、機会があるたびに、「米国工場は建設費や人件費コストが高くつき、まったく利益が出ない」と苦言を呈してきた。稼働後の25年には赤字の温床になることが考えられる。半導体業界のあちこちで「米国独りよがりの半導体政策」に不満を持つ人たちが増えるのではないだろうか。

熊本で建設が進むTSMCの新工場(22年10月撮影)
熊本で建設が進むTSMCの新工場
(22年10月撮影)
 24年までは日本の半導体関連企業も米中の対立に翻弄されがちだが、25年頃には揺り戻しの風が吹くような予感がする。その時のチャンスを信じて、それまでは「我慢の年」で二枚舌を駆使してしぶとくやっていく! 今はそれしかないと思う。




電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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