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第486回

進化する粒子線治療装置、キーワードは「安価」「コンパクト化」


ビードットメディカルが超小型装置を開発中

2023/1/13

 2022年12月20日、医療機器スタートアップの(株)ビードットメディカル(東京都江戸川区)は、同社が開発する超小型陽子線がん治療装置の初号機導入に向け、(福)仁生社 江戸川病院(東京都江戸川区)と基本合意書を締結した。

 江戸川病院に陽子線治療が導入されると、東京都初の陽子線治療施設となる。日本において、人口と同じくがん罹患者数が最も多い東京都では、陽子線治療が長年望まれていたものの、スペースの問題などから導入には至らなかった。そのため、これまで都内の陽子線治療を希望するがん患者は、筑波大学など他県まで通院する必要があり、容易に選択できる治療法ではなかった。

 ビードットメディカルはこのような現状を打破すべく、従来に比べて大幅に小型・低価格化した超小型陽子線がん治療装置の製品化を進めており、これであれば、スペースのない病院にも都市型の陽子線治療装置として導入が可能となる。

超小型陽子線がん治療装置のイメージ図
超小型陽子線がん治療装置のイメージ図
 ビードットメディカルと江戸川病院では、江戸川区から日本中へ、そして世界に向けて高度がん治療の提供を広げるため、早期の医薬品医療機器承認取得を目指して取り組む。

 同社は、従来構造とは全く異なるコンパクトな陽子線治療装置を開発している。従来装置は患者周りを筺体(ガントリー)が回転することで陽子線を様々な方向から照射するという構造であるが、ビードットメディカルは、陽子線を高磁場の超伝導電磁石内で曲げることで任意の角度から照射するという「非回転ガントリー」を考案した。この独自技術により装置をX線治療装置と同程度のサイズにまで小型化し、これまで陽子線治療の導入が困難であった都市部や、コストを理由に検討を断念していた病院への導入を促進することが可能となり、施設数の大幅増加が期待される。

原理実証を行った超小型陽子線がん治療装置
原理実証を行った超小型陽子線がん治療装置
 先行して、ビードットメディカルでは、大阪大学核物理研究センターとともに、開発中の超小型陽子線がん治療装置の原理実証を実施し、22年5月、加速器で発生した陽子線が装置内部の超伝導偏向電磁石内で曲がり、アイソセンタ(放射線療法において、放射線がもっとも集中して照射される部位)に照射されたことを確認した。これにより、開発コンセプトである装置小型化の実現性が証明され、より副作用の少ないがん治療へのアクセス向上に向け、大きく前進したと発表している。

QST、マルチイオン化と照射精度向上

 また、量子科学技術研究開発機構(QST、千葉市稲毛区)は、21~22年度に第4世代重粒子線治療の臨床試験を進めているが、並行して、これをベースにバージョンアップを図る第5世代の治療システム「量子メス」の開発に取り組んでいる。第4世代、第5世代では、従来の炭素のみに加え、酸素、ヘリウムなどを組み合わせたマルチイオン照射を実現しており、また、超電導シンクロトロンを採用している。

 このマルチイオン方式では、悪性度の高いがん領域には、炭素よりも重い酸素やネオンを照射することで、放射線抵抗性の難治がんの治療成績をより向上させるとともに、正常な臓器に近いがん領域には炭素よりも軽いヘリウムを照射することで、副作用を軽減し、照射回数の減少につなげる。

 さらに、マイクロサージェリー・ポートを導入し、ビームの直径をこれまでの5mmから、1~3mmまで細くし、その照射位置精度を0.1~1mm程度まで高めて、がん治療による負担の一層の軽減を図るとともに、良性腫瘍や網膜の加齢黄斑変性症、脳動脈瘤などの血管性疾患、てんかんなどの神経疾患などがん以外の疾患にも適応を拡大する。

 「量子メス」は、で、レーザー加速入射器、超電導回転ガントリー、マイクロサージェリーの開発を進めており、27~28年度にかけての実機製作を目指している。

 治療装置のサイズは、第1世代の120×65m(放医研、1994年)、第2・3世代の60×50m(群馬大学、2010年)、第4世代の25×14mへと小型化しており、第5世代(量子メス)は、入射器とシンクロトロンや回転ガントリーの小型化により10×20mとさらに小型化を達成する。このサイズであれば、既存の病院建物内に設置できるとしている。

CERNら3者、25年にFlash放射線治療1号機

 22年11月28日、スイス・ローザンヌのヴォー州立大学病院(CHUV:Centre Hospitalier Universitaire Vaudois)、欧州素粒子物理学研究所(CERN:European Laboratory for Particle Physics)、THERYQ(ALCEN グループ)は、従来の治療に抵抗性のあるがんに対して超高エネルギー電子(VHEE)放射線を用いた革新的なFlash放射線治療装置を世界で初めて開発する契約を締結した。CERNの技術に基づくこの装置は、CHUVに設置される予定である。

 FLASH放射線治療は、照射時間を数ミリ秒にすることで、腫瘍への効果を高めつつ、副作用を大幅に軽減することができる。今回の三者協定は、超高エネルギー電子線を使用するFLASH技術を用いた世界初の放射線治療装置の開発、計画、規制対応、組立てに関する協力について定めており、THERYQが、CERNの技術を応用した小型のリニアック(線形加速器)を搭載した装置を製造する。装置は2年以内に稼働し、25年に最初の臨床試験を予定している。

 放射線療法は、化学療法、手術、免疫療法と並んで、主要ながん治療の1つである。現在、がんの3分の1は従来の放射線療法に耐性がある。このような背景から、CHUVの放射線腫瘍科長であるJean Bourhis教授とそのチームは、13年にFLASHと呼ばれる方法を開拓し、前臨床動物試験で素晴らしい結果を得た。続いて、臨床移行を視野に入れたパイロットプロジェクトでは、THERYQが製造した最初のプロトタイプFLASHKNiFE(フラッシュナイフ)が設置され、深さ3cmまでの腫瘍のFLASH治療が可能となり、19年に最初の患者に対し皮膚がん治療を行い、成功した。

 さらに、THERYQは、FLASHHDEEP(フラッシュディープ)ツールの開発を進めている。これは、CERNが開発した革新的な小型リニアック(線形加速器)技術を統合し、FLASHKNiFEの10~20倍となる100~200MeVの超高エネルギー電子ビーム(VHEE)を使用することで、深さ20cmまでのあらゆる種類のがんに対するFLASH治療が可能になる。

 高エネルギー電子ビームは、X線ではほぼ不可能な集束と方向づけが可能であり、CERNの電子加速器技術に基づく放射線治療装置は、現在の陽子線による治療施設よりも大幅にコンパクトで安価なものになる予定で、また、一般的な病院の敷地内に収めることが可能であるとしている。

電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次

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