電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第520回

SiN市場、旺盛な投資が継続


EV需要の急拡大で成長の果実を掴む

2023/9/22

 EVなどの車載用パワー半導体モジュールに搭載される絶縁基板としてデファクトになりつつある窒化ケイ素(SiN)基板の市場が熱い。EVのモーター内部のベアリング用としても急速に需要が拡大、関連企業は増産対応に追われている。

 SiN製品は、従来のパワー半導体モジュール用に採用されていたアルミナ(Al)や窒化アルミ(AlN)などと比較して、熱伝導率などで劣るものの、非常に靭性があり、振動やパワーサイクルなどの急激な負荷がかかる場合でも長期信頼性に優れているとして、ほぼフル規格のEV向けパワーモジュールの絶縁基板としては業界スタンダードを確立したといってよい。

 そのサプライチェーンは日系企業に集中している。原料ではデンカならびにUBEがあるが、独自の製法を確立した日本ファインセラミックスの存在も注目される。基板サプライヤーでは、東芝マテリアルを頂きに、プロテリアル(旧日立金属)、フェローテック、MARUWAなど日系企業が存在感を放つ。現在、SiN市場を大きく牽引しているのは、基板ならびにボール製品が挙げられる。業界関係者は中長期的にも年率3割前後の成長(数量ベース)が期待されるとして、生産能力の引き上げに注力する。

 22年のEV生産は世界で1000万台となり、今後とも順調に販売は伸長するとみられ、26年には2500万台へと大きく市場を形成する見通しだ。EVはエンジンに代わり、モーター駆動により「走る」「曲がる」「止まる」の基本機能を制御するが、その制御システム部門で心臓部ともいえるのがパワー半導体モジュールとなる。現在は、シリコンによるIGBTモジュールが主導するかたちだが、よりスイッチングスピードや高効率なチップとして注目されているSiCデバイスが市場に出始めており、今後はシリコンにとって代わると言われている。SiCになれば、その絶縁回路基板は高信頼性のSiN基板がより有利になる。このため、こぞってSiN製品のサプライヤーらは増産投資を本格化している。

基板に加えボールも需要拡大を後押し

 SiN基板市場ではトップシェアを有する東芝マテリアルは、横浜ならびに大分工場においてSiN基板の生産能力を引き上げてきている。22年度までに100億円を投じて生産能力を引き上げてきた工場棟(大分)は、24年にはフル稼働を見込む。白板から回路形成など様々な顧客ニーズに応じるため、材料の混合~焼結、エッチングによる回路形成など一連の製造工程を構える。フル稼働すれば既存の生産能力よりも倍増する。

 さらにベアリングボール用途でも需要が拡大しているため、大分工場内にSiNボールの第2生産拠点を新設する。関連投資額は70億円で、26年1月の生産開始を見込む。

需要が急拡大しているSiN基板(写真は東芝マテリアル社製)
需要が急拡大しているSiN基板
(写真は東芝マテリアル社製)
 EVではモーター用ベアリングの金属性ボールの電食が課題とされ、SiNボールは、その対策として期待されている。同社は、22年に本社工場(横浜市磯子区)内でEV用のベアリングボール向け増産投資を実施していたが、旺盛な需要を前に追加投資を決めた。フル稼働時には本社工場を含めた生産能力が、22年度比2.5倍へと拡大する見通し。

 プロテリアル(旧日立金属)も23年に入り、SiN基板の増産投資を公表した。プロテリアルフェライト電子(旧日立フェライト電子、鳥取市南栄町)の既存工場内で生産体制を強化する。関連投資額は十数億円を見込み、23年後半の稼働開始を目指す。増強後の生産能力は21年度に比べて約2倍となる見通し。SiNの電気焼成炉ならびにエッチング加工による回路形成、銅板の貼り合わせ工程など、白板からの一貫生産体制を構築するとみられる。

 フェローテックホールディングスも、マレーシアで新工場を整備し、パワー半導体用絶縁放熱基板を増強する。投資額は約7億元(約140億円)を予定、近く着工する。24年9月の操業を目指す。

 同社は、グループ会社のフェローテック・パワーセミコンダクターで、パワー半導体向けの絶縁基板としてDCB基板と、AMB基板を展開。中国・上海と、東台で生産している。マレーシア新工場の生産能力はDCB基板が月産30万枚、SiN基板などが含まれるAMB基板が月産20万枚を予定する。

 日揮ホールディングス100%出資会社で、高機能セラミックス部品などを手がける日本ファインセラミックスは、半導体製造装置向けSiCなどの組み込み部品やSiN絶縁放熱基板事業を一気に拡大する。

 同社のSiNは、原料に金属シリコンを用いる点が既存のSiN基板とは異なる。世界中に豊富にある材料なので既存製品より原料調達が容易で、サプライチェーンの安定に貢献できる。

 産業技術総合研究所とSiの反応焼結法を用いた製造方法の開発・確立を目指して取り組んできた。従来のSiNの熱伝導率を大幅に上回る理論値(200W/mK)に近い170W/mKの作製に実験室レベルでは成功している。

 現在、量産レベルで安定して製造できる熱伝導率90W/mKクラスで、厚み0.32mmならびに0.25mmの製品を車載用パワーモジュール向けに本格出荷している。現状の1.2~1.4倍程度に熱伝導率を引き上げた製品を開発中であり、白板を中心に外販している。

 同社もまた、旺盛な需要に対応するため生産能力の拡大を目指す。まずは半導体製造装置用のセラミックス製品ならびにMMC部品を、より高精度に加工するための製造ラインを増強していく。一方、SiN基板は富谷事業所で第4棟目を建設、量産ラインを整備する。これによりセラミック関連製品は25年夏ごろには従来の2~3倍(数量ベース)まで拡大する。

 さらに、23年12月をめどに宮城県富谷市内に新たな土地(敷地12万5000m²)を取得し、24年1月にも新工場の建設を開始する計画だ。第1期で半導体製造装置向けのセラミックス部品の量産拠点を設ける。稼働は24年度内を見込む。第2期でSiN基板の量産工場も25年内にも建設する。今回の一連の関連投資額は100億円を見込む。

 さらにFJコンポジットが本格参入する。23年内に北海道千歳市内に新工場(第4工場)を開設。また中長期的には第5工場の建設も視野に入れており、先ごろ北海道長沼町にある旧西長沼小学校の跡地を工場用地として新たに取得した。

 第4工場の用地は6月に取得済みで、既存の建屋を改修して23年内の稼働を目指す。同工場ではパワーモジュール向けのセラミック絶縁回路基板のSiN基板の量産を計画する。

 EV用途向けパワーモジュールの絶縁基板としてSiN基板の量産体制も確立済み。一般的にCu板との接合時はろう付け接合(AMB)で行われるが、同社でスパッタリング拡散接合を用いたボイド・ゼロを実現する究極の高信頼性接合をコアに、SiN基板の銅板貼り合わせならびにパターン形成まで一貫して量産できる。

上流の原料メーカーも増産に動く

 SiN原料の最大手であるデンカは、大牟田工場でSiN原料の追加投資を決めた。23年前半に稼働を開始した生産設備に対して、さらに約1.5倍増の追加増産投資となる。25年の稼働を目指す。

 EVに搭載されるインバーター向け放熱基板用途として需要が急増していることに加え、モーター用ベアリング用途での電食対策として従来の金属素材からセラミックスへの転換が進んでおり、基板メーカーも旺盛な投資を打ち出しているためだ。

 同社は、放熱基板やモーター/風力発電の軸受け用のベアリング素材として、一般産業用途向けでは5割のシェアを持つトップサプライヤー。今回の能力増強により旺盛な需要が継続している車載向けなどで安定供給を確保する。

 さらにUBEも、宇部ケミカル工場(山口県宇部市)内でSiN製造設備の増産投資に着手する。新たな建屋の建設を23年7月に開始、25年度下期の稼働を目指す。生産能力は現行比約1.5倍を見込む。

 同社のSiN原料は、独自のイミド熱分解法を用いて製造される高品位の粉末で、粒度が均一で不純物が少ないといった特徴を持つ。微細構造の制御が可能なため、高い焼結体特性が得られるとしている。1986年の事業開始以来、自動車をはじめ、航空機、電子、工作機械などの幅広い分野で様々な部品に用いられており、国内外のセラミックメーカーと取引が拡大している。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 野村和広

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