電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第530回

SiCは「液晶の次」になるか


中国の大挙参入に過当競争の懸念

2023/12/1

 次世代パワー半導体の本命として、いよいよ本格的な市場拡大期に突入したSiC(シリコンカーバイド)。再エネ向けに加え、車載向けの市場が当初の想定よりも1年以上早く立ち上がってきたことで、パワー半導体の増産投資はSiC一色の様相を呈しつつある。少し前まではシリコン300mmでの増産を検討する動きも見られたが、現在はこれをパスして、SiCの能力増強に取り組む動きが主流となった。このトレンドは、何も日本や欧米のパワー半導体メーカーに限らない。米国との摩擦によって、先端半導体の量産の道を断たれた中国も、レガシー領域に当てはまるSiCの国産化・量産化に躍起になっている。

 電子デバイス産業新聞では、2023年9月7日の発刊号で『中国SiC市場 全方位戦略で産業化加速 参入企業は100社前後に拡大』と報じた。中国のSiC生産シェアはまだ1%しかないものの、SiCの結晶製造、ウエハー加工、エピウエハー、デバイス、パッケージ、モジュール、ファブレスなどの複数分野で短期間のうちに中国の参入企業は100社前後に、デバイスの開発・製造拠点は20カ所以上に、それぞれ拡大した。莫大な内需を当て込み、業界関係者は「中国のSiCデバイス製造は異次元の急成長が予測されている」と熱い視線を送っているという。こうした状況から、日本国内でも「SiCが液晶の次にならないか」との懸念が漏れ伝わるようになってきた。

太陽電池、LED、液晶は過当競争で中国企業が上位に

 7~8年前、電子産業をたとえて、「かつて太陽電池とLED、いまFPD、次は半導体」と言われたことがあった。これは、中国企業が太陽電池やLED、液晶の製造に大挙して参入し、中国政府も補助金でこれらの企業活動を後押しし、生産数量や製造コストで世界市場を席巻するようになることを指したものだ。

 中国では、需要拡大の芽があると踏むと、その市場に雨後の筍のように参入企業が乱立し、互いに消耗戦を繰り広げたあと激しい淘汰が起こり、その競争に残った数社が世界的な競争力を持つようになる、ということを繰り返してきた。国際的に高い競争力を持つ企業を育成するため、中国政府もこうした過当競争を容認してきたと言っていい。あえて供給過剰の状態を慢性化させ、価格を暴落させて競合をふるいにかけ、わずかに生き残った企業だけがシェアを得る。

 事実、太陽電池は売上高ランキングの上位を中国メーカーが独占するようになり、LEDは太陽電池ほどではないにしろ、数社が世界ランキング上位に名を連ね、日本、米国、台湾、韓国などの先行メーカーが事業撤退する一因となった。FPDに関しては、いまや中国勢がテレビ用液晶パネルの7割以上を生産するようになり、隆盛を誇った韓国勢も液晶の国内生産から撤退し、有機ELの高度化に活路を見出そうとしている。

中国勢の参入を迎え撃つウルフスピード(写真はニューヨーク州マーシーのホークバレー200mmファブ)
中国勢の参入を迎え撃つウルフスピード
(写真はニューヨーク州マーシーの
モホークバレー200mmファブ)
 かつて「次は半導体」と言われたが、これは2014年に中国が半導体の国産化プロジェクトを立ち上げ、大基金と呼ばれる半導体ファンドを創設して、主要海外メーカーの買収などを積極的に模索していたためだ。改めてこれを今風に言い直せば、「かつて太陽電池、液晶、LED、いま有機EL、2次電池、次はSiC」となるだろうか。

欧州企業との連携が技術力アップにつながる?

 前述のとおり、中国のSiCシェアは世界の1%程度に過ぎないが、それでも「次はSiC」との懸念を生む理由になっているのが、欧州企業との連携である。例えば、パワー半導体で世界最大手の独インフィニオンは、中国SiCメーカーのタンケブルーおよびSICCからSiCの結晶ブールとウエハーを調達する契約を結んだ。また、スイスのSTマイクロエレクトロニクスは、中国LED最大手でICファンドリーも手がける三安光電と合弁会社を設立する。合弁会社は、ST独自のSiC製造プロセス技術でST向けのSiC製品のみを製造する専用ファンドリーとして運営され、中国顧客の需要に対応する。三安光電は、この合弁企業に提供する200mm SiCウエハー工場を建設する。

 もちろん、欧州2社はともに技術流出には最大の注意を払うだろうし、単に材料を調達するだけとも受け取れる。だが、米中摩擦下にあるなかで、米国企業ならまず結ばない、結べない契約であるのは確かだ。「こうした欧州の先端企業との連携が、結果として中国企業の技術力を引き上げることにつながるのではないか」と日本の業界関係者が心配するのも、歴史を振り返ってみれば杞憂とは言えないだろう。

「中堅クラス」では生き残れない

 欧州も米国も、ともにCHIPS法を制定して、半導体生産シェアの向上やサプライチェーンの強靭化を図っているのは同じだが、その目標は異なっていると思う。米国は「ITの覇権を維持しつつ、中国の成長を抑止する」だが、欧州は「自動車や産業機械向けの半導体供給を途切れさせない」だ。デカップリングが起きたのち、米国は一定レベルで中国市場を放棄したが、欧州は決して諦めてはいない。表向きは米国の政策に追従する姿勢をとりつつも、誰よりも多く中国市場を取り込むことを常に考えている。

 かつて「次は半導体」と言われたものの、2014年に国家プロジェクトがスタートしてから約10年間で、「これは中国製が圧倒的なシェアを擁するようになった」というデバイスはない。半導体は太陽電池やLEDほどシンプルではなく、これにSiCという材料の質まで絡んでくるため、中国勢の追随はそう簡単ではないだろう。SiCウエハー首位でSiCデバイスも量産する米ウルフスピードは、2023年7~9月期の決算会見で「中国企業など、いくつかの新規参入企業が材料市場に参入しているが、(中略)可能な限り最高の品質で拡張して生産するのはもちろん、このテクノロジーを扱うのは非常に難しいことを我々は身をもって知っている。(中略)競合他社が成功する可能性は非常に低い」と自信をのぞかせる。


 だが、中長期的視点に立てば、やはり数社は中国発SiC企業として世界ランキングに名を連ねることになるだろう。もし仮にそうなった場合、もっとも大変な思いをするのは、事業規模が中堅クラスのSiCメーカーだ。経済産業省が特定重要物資「半導体」の安定供給の確保に係る取り組みの認定において、SiCパワー半導体メーカーの原則1社にしか補助を出さないと言っているのは、「中途半端な規模では、いずれ中国をはじめとする後発メーカーにやられる」と考えているからかもしれない。SiCへの参入と事業拡大が花盛りの状態だが、参入各社には「トコトンやり抜いて、世界の頂点を目指し、後続など絶対に寄せ付けない!」という覚悟がなければ、これからのSiC市場を泳ぎ続けられないだろう。


電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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