電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第615回

AI×ARで新しい社会価値を提供


ARグラスは次世代インターフェースに

2025/8/15

AR向けディスプレーが急成長

 調査会社のカウンターポイントリサーチによると、世界のXRデバイス向けディスプレー市場は、2025年に前年比6%の成長が見込まれるという。このなかで、AR向けディスプレーは同42%増と急成長が見込まれる一方で、VR向けの成長率は同2.5%にとどまる見通しだ。

 これは、VRデバイス市場が踊り場にあることに比べ、ARデバイス市場が黎明期~普及期の過渡期にあることが大きいと考えられる。今後、ARデバイスはAI機能を活用する、いわばエッジコンピューターとしての用途拡大が期待されており、そういった新しいAI×ARデバイスの登場がディスプレー市場も牽引していくとみられる。

 さらに同社では、26年も成長傾向が続くと予測している。特にAR向けディスプレーの出荷量は前年比で38%増加する見通しで、技術革新と製品の多様化が加速すると予測する。一方で、VR向けは2.1%の小幅な成長にとどまるとの見通しで、安定性を保ちつつも急激な変化は期待しにくい状況にあるという。ただし、特にARグラスの製造においては中国企業の存在感が強いことから、米国による中国製品などへの関税措置が、供給網や価格競争力に影響することを懸念材料として挙げている。

メタがAI×ARデバイスを強力推進

 XRデバイスを手がける企業の中で、VRからARへの軸足の転換が顕著なのが米メタ・プラットフォームズ(メタ)だ。同社は、これまでにVRヘッドセットの「Meta Quest」シリーズを展開して市場トップシェア(出荷台数ベース)を堅持しているが、同社が最も注力するAI技術の主な活用先として選んだのは、新しいARグラス(スマートグラス)だ。

 CEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、25年4~6月の決算発表で同社が進める「Personal Superintelligence」構想について述べ、これを実現するためのインターフェースとして、すでに発売されている「Ray-Ban Meta」や開発中の次世代グラス「Orion」などを挙げた。また、「スマートグラスは、最終的にスマートフォンに代わる主要なコンピューティング端末になる」「将来的に、AIを搭載したグラスやAIとインタラクションできる手段を持たない人は、持つ人と比べてかなりの認知的な不利に陥る可能性がある」などと、ARグラスをAIとの常時接続を可能にするメーン端末として位置づける考えを明確にした。

日本発のARグラスもAI搭載へ

 日本では、NTTコノキューが25年3月にスペインのバルセロナで開催された「MWC Barcelona 2025」に出展し、コンシューマー向けARグラスのコンセプトモデルについて発表している。すでに24年から法人向けARグラス「MiRZA(ミルザ)」を展開中だが、次世代機はコンシューマー市場をメーンターゲットとし、NTTコノキューとシャープの合弁会社であるNTTコノキューデバイスが開発を進めている。25年夏以降に全国のドコモショップや家電量販店、ECサイトなどで販売する予定で、従来機と比べて約半分の重量となる60g程度を目指すという。

 次世代機の最大の特徴は、生成AIと連携した音声対話型インターフェースの搭載だ。ユーザーが音声で指示を出すことで、視界に商品情報やナビゲーション、通知などが空間表示される仕組みとなっているという。バッテリーは最大1日持続し、価格は約500ドル(約7万5000円)を想定する。

NTTコノキューはコンシューマー展開を想定
NTTコノキューはコンシューマー展開を想定
 同社が展開するARグラスは、「XR×AI×日常生活」の融合を目指すNTTグループの戦略を体現するものだ。顔に装着する端末として日常使いを目指すには、重量50gを切ることが理想とされるが、新しいARグラスはその目標に近づき、AIを活用するエッジ端末としての役割も担うものになりそうだ。

日本のベンチャーが主要部材開発

 海外と比較すると、日本はXRデバイスの開発においては消極的だ。しかし、国内ベンチャー企業であるCellidは、将来的にApple Vision Proのようなヘッドマウント型のXRデバイスをメガネ型へと進化させることを目指し、ARグラスのキーコンポーネントの開発・生産・市場展開に注力している。同社は、自社の光学モジュールがかつての「インテル入ってる」のような存在となることを目指し、世界市場において主導的ポジションを築いていくとしている。

 同社は16年に設立されたARグラス向け技術の開発企業で、空間認識エンジン「SLAM」やウエーブガイド(導光板)、マイクロプロジェクターなどの光学部品を自社で開発・生産している。特に、軽量・高透過率・広視野角を兼ね備えたプラスチック製のウエーブガイドを世界に先駆けて開発しており、同社の光学部品を用いたARデバイスの試作モデルでは、ケーブルレスで重量40g前後の機種がユーザーによって開発されている。

 今後、同社は数千万台規模の量産体制の構築を目指すとともに、マイクロプロジェクターや専用ICの開発にも取り組む方針だ。さらに、従来品と比較して2倍以上の輝度向上を実現したウエーブガイドを新たに開発しており、プラスチック製とガラス製の両タイプを展開している。また、視野角60度の高精細なAR映像を投影可能なマイクロプロジェクターの開発にも成功しており、25年内には視野角50~70度の製品ラインアップを拡充し、量産体制の強化と光学性能のさらなる向上に取り組む計画だ。

ARグラスが新しい社会価値を提供

 現在、ARグラス市場は通知表示、リアルタイム翻訳、生成AIとの連携など、情報提示をメーンとした用途に形成されつつある。これらの機能は、ユーザーの利便性を高めるとともに、日常生活や業務における新しいインターフェースとしての可能性を提示するものだ。特に、小型・軽量で装着性に優れたARグラスは、今後市場での普及を加速させていくことだろう。

 日本国内においても、調査会社の矢野経済研究所によれば、24年のXRデバイス市場は約45万台規模になり、なかでもARグラスは物流分野でのピッキングや遠隔支援を中心に法人向けの需要が堅調だったという。国内のXRデバイス市場は30年に約87万台規模に拡大する見通しで、XRコンテンツ市場も拡大傾向にあり、安全、教育、技術継承、研修用途など産業分野での活用が進むと予測している。

 今後の課題としては、価格の最適化、バッテリー持続時間の向上、熱管理の改善などが挙げられるが、これらの技術的な課題は日進月歩で解消が進められている。さらに、AIとの連携やクラウドとのコラボレーション機能の強化によって、ARグラスは単なる情報表示端末を超え、空間と人をつなぐ次世代のインターフェースとして、新たな価値を提供するデバイスへと進化していくことが期待されている。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

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