商業施設新聞
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No.1019

増えるM&Aとその代償


岡田光

2025/8/19

 毎年、夏のお盆休み周辺で旧友と酒を酌み交わすのが恒例行事となっている。中学、高校、大学を一緒に通った友人6人が集まり、自分たちで作った肉料理や魚料理を酒の肴に、近況を語り合う場だ。就職氷河期世代の私たちにとって、その場は時として進路の悩み相談所、またある時には恋愛の悩み相談所、またある時には親の介護相談所として機能していた。今では6人全員が伴侶を持ち、家族を養う“パパ”として日々奮闘を続けている。

 今年も日取りが決まり、開催を待ちわびている状況だが、少し不安がある。私自身、4月に2人目の娘が生まれ、仕事と育児で慌ただしい日々を送るため、当日に体調万全で参加できるかという不安もあるが、それ以上に不安を感じるのが、友人の仕事だ。実は6人の中に、キーコーヒーによるM&Aが発表されたイノダコーヒで働く友人が1人いる。彼の仕事が今後、うまくいくのかどうか不安でしょうがないというのが正直なところだ。

外国人もよく訪れる「イノダコーヒ本店」
外国人もよく訪れる「イノダコーヒ本店」
 私たちの就職活動は今と違い、とても厳しいものだった。会社にエントリーする数が100社を超えても、チャンスを掴めるのは1~2社程度。今は内定辞退が当たり前のように繰り広げられているが、私たちのころは内定を辞退しようものなら、親から説教されるほどであった。そんな厳しい時代であったからこそ、私たちが就職した会社には強い思い入れを抱いていた。かく言う私も「厳しい時代だからこそ、好きなことをやりたい」と思い、記者の道を志して出版社に就職した。前述の彼も過去に、「イノダコーヒで飲むオリジナルブレンドを、自分でも淹れてみたくて就職したんだ」と熱く語っていた。その彼にどんな言葉をかけてあげようかと日々思案している。

 だからと言って、外食企業のM&Aを否定するわけではない。グループの傘下に収めることで、これまで出店できていなかったエリアへの進出が可能となり、新規客の獲得に弾みもつく。傘下に収めてもブランドが残っていたら、そのブランドを好きなファンが、M&A後も足しげく通ってもらえるかもしれない。結果、M&Aされた企業の業績も回復し、皆がハッピーとなる可能性もあるのだ。

 しかし、M&A後にブランドが置き換わるのはよくある話で、私も外食企業にてブランドが置き換わる姿を目にしたことがある。果たしてその店舗の従業員は、モチベーションを維持して働けるのだろうか。昔はほとんど話題に上らなかったが、今はCS(顧客満足度)だけでなく、ES(従業員満足度)も求められる時代だ。ブランドを置き換えてしまうと、そのブランドを慕って通っていた顧客だけでなく、そのブランドに愛着を持っていた従業員すら去ってしまうかもしれない。

 外食企業のM&Aは本格化している。実際、25年度上期はクリエイト・レストランツ&狼煙、あみやき亭&クーデションカンパニー、ワイエスフード&Yappa、そしてキーコーヒー&イノダコーヒと様々な案件が発表された。コロナ禍が明け、返済を迫られた中小企業が大手・中堅外食企業に飲み込まれるという構図であるが、下期以降も案件が出てくることが予想される。M&Aに伴う従業員のモチベーション低下をいかにして防ぐのか、外食企業に求められる新たな課題と言えるだろう。
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