電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第281回

「自分の幸せは地域の幸せ」という日本人スピリッツは鹿児島に生きている


~薩摩川内市の170社を束ねる企業連携協議会の田中博会長が語る言葉~

2018/4/20

 鹿児島県薩摩川内市と聞いて一般の人たちは何を思い浮かべるだろう。実は鹿児島県内で最大の面積を有する市であり、人口は9万6076人(平成27年国勢調査)/9万4434人(平成29年3月推計)となっている。筆者の知人の男たちに聞いたところ、市比野温泉が有名だよね、という声が多かった。また、同じく知人の女性たちに聞いたところ、伝統的な町並み(重要伝統的建造物群保存地区/国選定の文化財にもなっている)があるところで食べ物もおいしい、との声が返ってきた。

 それはさておき、薩摩川内に本拠を置く岡野エレクトロニクスというカンパニーを訪ねた時にかなりの感銘を受けた。同社の前身は九州岡野電線鹿児島工場であり、1983年に富士通九州工場の協力会社として半導体の後工程事業からスタートした。その後様々な変遷を経たが、現在では「地域とともに発展」をキーワードに様々な事業を行っている。

 「2010年に富士通九州工場が撤退した段階から、当社を取り巻く環境はすっかり変わった。クラス1000のクリーンルームを備えるバリバリの半導体組立工場であったが、事業の再構築に取り組まざるを得なかった。しかし、あくまでもこの薩摩川内に地盤を置く企業として頑張るとの思いで操業してきた。ありがたいことに最近では自動車用センサーや各種基板の受託、テーピングなどの生産が順調に拡大しており、新たな基礎が固まってきたと思う」

薩摩川内市企業連携協議会会長 田中博氏
薩摩川内市企業連携協議会会長 田中博氏
 こう語るのは岡野エレクトロニクスの代表取締役社長として陣頭指揮をとる田中博氏である。九州岡野電線時代からの生え抜きであり、37歳で工場長、42歳で取締役を務め、11年に第5代目の社長に就任した。いわばどん底からの出発を余儀なくされたのだ。しかして現在は売り上げ30億円を達成し、東京オリンピック開催の20年には売り上げ40億円を超えていきたいという大きな目標を持っている。

 「私が強く持っている考えは、自分の幸せは地域の幸せにつながるというものだ。苦しくて苦しくて仕方がなかった時に、どれだけ地域の人たちに助けられたことだろう。現在は、薩摩川内に立地する170社を束ねる企業連携協議会の会長も務めさせていただいている。企業間の交流や情報交換を促進することでお互いの発展が図れる。また雇用の拡大もできることになる」(田中社長)

 170社のネットワークができているということの意味は、一般に思っている以上に大きなことなのだ。この協議会は2013年にできたものだが、繁忙な企業が仕事のない企業に注文を回すというようなシェアリング活動も行っている。また、ある会社で人員が余り、全くヒマな状態であった場合、他の会社がこれをアルバイトとして引き受ける。リクルート対策としては、協議会全体で取り組むためにかなり円滑にできる。広報活動にも非常に力を入れている。

 「薩摩川内というところにどんな会社があるのかをとにかく知ってほしい。空前の人不足となっているために、1社で何とかしようということではとても足りない。いわば薩摩川内市は170社が束になって戦うという体制作りができているといってよいだろう。我々の活動で街を発展させ、薩摩川内にいてよかった、来てよかった。と思われる都市づくりに貢献したい」(田中社長)

 薩摩川内市役所と一体化して戦う岡野エレクトロニクスをはじめとする170社は、ある意味で幸せネットワークであろう。それは「地域とともに歩み、地域とともに発展する」という、まことに日本人的なコミュニティーが薩摩川内において構築されたことを意味するわけだ。チーム力で闘うというのは、オリンピックを見ても、ワールドカップを見ても、常に日本人の特徴を良く表している。

 チーム力で闘い、地域を大切にし、みんなが一緒に幸せになるという「日本人スピリッツ」は鹿児島の地、薩摩川内においてこれからも生き続けていくだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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