電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第287回

創業143年の名門「東芝」はついに半導体メモリー売却を確定させてしまった


~日米韓連合に2兆円で売却、注目の岩手第1期棟は延べ20万m²で来春にも稼働~

2018/6/1

 何かと話題であり、世間お騒がせの東芝は、明治維新から150年を迎えた2018年に創業143年目に突入した。もちろん日本の電機業界最古の企業であり、栄光の歴史を築いてきたが、かのウエスチングハウス問題に端を発し「くたばれ!!東芝」「名門も地に落ちたな」と言われ続け、東証2部に転落し、経営そのものが危ぶまれていた。

 しかしながら18年5月15日、東京都内で開催された決算説明会では、かなりの人が息を飲んだのだ。18年3月期売り上げは3兆9476億円(前年比2.4%減)であったが、最終利益が驚くなかれ8040億円(前年は悲惨ともいえる9657億円の損失)で、見事黒字に転換したのだ。これはすなわち17年3月期に創業以来の最大赤字を出し、その翌年度にこれまた創業以来最大の黒字を出すというミラクルな現象となった。

64層積層プロセスを用いた3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH」を搭載したUFS製品
64層積層プロセスを用いた3次元フラッシュメモリ「BiCS FLASH」を搭載したUFS製品
 これを支えたのが何といってもメモリー事業である。非継続事業とされたメモリー事業を組み込んだストレージ&デバイスソリューション部門の売上高は2兆64億円(前年比18.0%増)、営業利益は5196億円(実に前年比210%増)となった。フラッシュメモリーを黄金武器とするメモリー事業の売上高は1兆円2049億円となり、前年の8192億円から34%も伸ばしたのだ。同部門の営業利益率も前年比約2倍となり39.8%増を記録した。

 「こんなにボロボロに儲かるフラッシュメモリーを何ゆえに手放すのでしょう。いくらメインバンクがしつこくお金を返せと言ってきても、虎の子の東芝メモリを売却するのはおバカさんとしか言いようがない」

 これは筆者が親しくする女性アナリストの談話である。実のところ彼女のような意見を持っている人はかなり多かった。中国が嫌がらせでこの東芝メモリ売却を承認しないのであれば、それを逆手にとって「もう売らないもんね」と、舌を出すことだってできたのだ。

 しかして、中国の独占禁止法当局から東芝メモリの売却承認がされたことで、一連の混乱は収束へ向かった。東芝再建に向けた多くの課題はすべてクリアになった。6月1日には譲渡が完了する。契約によればベインキャピタルを軸とする日米韓連合に2兆円で売却することになるが、この売却益9700億円は東芝の19年3月期売上に計上される。これを軸に東芝は次の成長分野を5年計画で策定することになるだろう。

 さて、本体から切り離された東芝メモリは巨大設備投資の戦いに踏み込んでいる。主力の四日市工場には1.5兆円を投じるY6棟が建設中であり、本格稼働の日に向け準備に余念がない。これに続きY7棟も四日市に建設されると言われている。より注目を集めるのは岩手県北上の新工場計画であり、K1と呼ばれる第1期棟のスケールは延べ20万m²と、とてつもなく巨大な新工場となる。

 7月に着工する予定であるが、サプライズなことにミラクルスピード立ち上げをすると聞いている。突貫工事に次ぐ突貫工事で18年末には建屋を完成させ、19年3月にはすべて装置の搬入を終えるというのだから、ただごとではない。すなわちこれだけの巨大工場を、18年7月の着工から1年も経たずに本格稼働させようというのだ。

 これには多分裏があるだろう。周知のようにデータセンター向けに巨大な需要が生まれるというフラッシュメモリーは、現状でたかだか4兆円程度の市場であるが、将来には3~4倍に膨れ上がると言われている。世界トップシェアをもつサムスンはここにきて歩留まりをぐんぐんと向上させ、48層に次ぎ64層も相当の勢いで量産している。サムスンの現状における世界シェアは40%くらいにはなっているだろう。これに対して東芝/ウエスタンデジタル連合の世界シェアは30%強くらいに落ちていると思われる。

 こうなれば勝負は次世代の96層~128層(東芝は144層をやるとも言われている)にステージが移っていくだろう。東芝が岩手のK1棟立ち上げをメチャメチャに急ぐのは、何としても96層~128層で最先行し、サムスンを叩きたいとの意思の表れと見ることもできるのだ。

 ちなみに、今は東芝はスポンサーをやめてしまったが、筆者は東芝日曜劇場が大好きであった。爆裂するキムタク人気に乗じて製作された「ビューティフルライフ」は夢中になって見た。

 80年代半ばまで、東芝日曜劇場の始まる前には必ず『光る東芝の歌』が高らかに歌われていた。ある年代の人であれば、(筆者もそうであるが)この歌はそらで歌えるのだ。歌詞は次のようなものだ。

 「光る光る東芝、回る回る東芝、走る走る東芝、歌う歌う東芝、輝く光、強い力、みんなみんな東芝、東芝のマーク」

 はてさて虎の子の東芝メモリを売り払った東芝は、光り輝き、疾走することができるのか。かなりの人がそれを見つめている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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