電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第297回

国際リニアコライダー、7000億円投じ岩手北上に誘致が話題


~宇宙誕生の謎に迫る次世代加速器は本当に役立つのか~

2018/8/10

 宇宙誕生の謎に迫る次世代巨大加速器(国際リニアコライダー:ILC)の岩手県北上市への誘致をめぐる動きが活発になってきた。今のところは北上高地の地下100mのところに長い真っすぐなトンネルを作り、物質の中から取り出した電子を200億個の帯状の塊にした電子ビームを作り、130億年前のビッグバンを再生しようという壮大な試みなのだ。

 しかして、事業費は7000億円、装置設計から建設完成までは14年間はかかるというプロジェクトなのである。それだけに、我が国の財政力でこの誘致費用を捻出できるかどうかについて、賛否両論が飛び交っている。

岩手県盛岡の先端科学技術研究センターに展示中のクライオモジュール
岩手県盛岡の先端科学技術研究センターに
展示中のクライオモジュール
 岩手県盛岡市にある先端科学技術研究センターの中に、先ごろ世界初のILCオープンラボが開設された。この施設は、クライオモジュールの実機を展示し、超電導加速空洞、ILC誘致の歴史、ILCのもたらす効果などを展示するものだ。ILCを契機とした産業、人材育成、研究開発の拠点として関連産業の参入を目指す事業者や学生など、誰もが学習研究できる施設である。

 現在このILCについては日本、米国、EU、さらには中国が合同研究を進めている。当然のことながらこの4エリアはいずれもILC誘致に名乗りを上げているが、現時点では日本だけが建設地を名指しで名乗り、候補を目指している。

 量子測定器は約30kmの長さになり、細くて長いクライオモジュールを直線に1700個つないでいく。このトンネル内で電子と陽子を高速で飛ばしてぶつけ、高エネルギー状態で宇宙が誕生した状況を作り出す。シンプルに言えば、素粒子やヒッグス粒子などがどんな働きをするのかを調査する施設になる。

 これだけの規模で、しかも最先端性を持つ巨大加速器の建設は初めてのことであり、また世界でただ一つのプロジェクトになるだけに、この開発で先陣を切りたい日本としてはどうしても誘致したいところなのだ。しかして建設費は7000億円以上かかるといわれており、岩手北上に誘致するには5000億円ほどを日本が負担しなければならない情勢にある。国内ではほかには九州も名乗りを上げているが、候補地選定までは至っておらず、この誘致が決まれば岩手北上に決定する情勢が強い。

 ちなみに岩手北上と言えば、東芝メモリが最先端のフラッシュメモリー生産の巨大工場を建設することが決定し、ニッポン半導体の研究開発の先頭に立ってきた仙台の東北大学も近接にあり、誘致する条件としては非常に良いといわれている。ただ、これだけの予算を捻出するには、ほかの科学プロジェクトにしわ寄せが行くのは確実であり、別枠で考えないことにはどうにもならないという意見もある。また、ILCを作る予算規模に相当する科学的成果は出ないとの意見もある。つまりは、言うほど役には立たないというわけだ。

 最終的には日本学術会議が誘致に関する最終議論をまとめ、2018年内に文部科学省が誘致に名乗りを上げるかどうかの結論を下すことになっている。

 なお、盛岡の先端科学技術センターに作られたILCオープンラボに展示中のクライオモジュールは日立製作所が受注し、三菱重工業が作り上げたものだ。また、岩手エリアの地元企業もこの誘致に向けて様々な協力を打ち出している。経済効果としては加速器およびその周辺に使われる材料や機械が日本企業に発注されるケースが多くなるわけであり、ここに利得があるとはいえよう。そのほか、新機能材料/部品の創出、量子線がん治療、宇宙ステーション、光電子回路、量子コンピューター、さらには生命科学に関連する機器などの開発が、我が国において加速するメリットは確かにあるだろう。

 もし岩手北上にILCが来るようなことがあれば、国内外にどでかい話題としてインパクトになることは確かなのであるが……はてさてどうなることやら。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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