電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第338回

「電動車普及は低コスト、使い勝手、高機能がすべて」


~“プラグインハイブリッド車の立役者”安部静生氏が語る言葉の重要性~

2019/6/14

 地球環境の保護のためにはCO2排出を減らさなければならない、ということは今や世界的な共通認識となっている。また一方で、異常気象も多くなっており、とにもかくにもエコという発想があらゆる産業に求められている。自動車業界においては、CO2排出量削減に有効な車両電動化が必須事項となってきたのである。

 今や日本を代表する30兆円企業となったトヨタは、環境車の分野において世界に最先行していることは良く知られている事実だ。電動車の先駆けとなるプリウスは、1997年に早くも市場投入され、2015年の4代目プリウスにおいては燃費性能を40.8km/Lまで向上させている。ハイブリッド車の累計販売台数は1300万台を突破しており、いわば世界の自動車業界において、ぶっちぎりの実績を持っている。

 しかして昨年末に欧州委員会は、走行1kmあたりのCO2排出量を60gレベル(トヨタ車換算)に落とすべきだとの方向性を打ち出した。ハイブリッド車の最高レベルのプリウスですら70gが精一杯であり、とてもではないが欧州委員会の規定する基準には満たないのだ。「そうなればEVしかない」という世論が世界的にも高まっているが、コストという点で大きな壁が立ちふさがる。

 「バッテリーEVの電池容量は40kWhであり、何とプリウスの0.75kWhに対して50倍の容量となる。電池コストはハイブリッド車の場合においても、エンジンコストを大きく上回り、将来の電池コスト低減を考慮しても50万円以上のコストがかかるのだ。補助金無しでリーズナブルな価格で買えるEVをここ7~8年の間に実現できるとはとても思えない」

(株)BluE Nexus 取締役 安部静生氏
(株)BluE Nexus 取締役 安部静生氏
 きっぱりと静かにこう語るのはトヨタにおいてHV開発のトップを長年務め、現在はBluE Nexusという会社の取締役の任にある安部静生氏である。安部氏はトヨタにおける全てのハイブリッド車の立ち上げに関わったことで、業界においては良く知られている人だ。プラグインHVに関しては2007年のデモ車に始まる草創期から開発に関わり、2012年からの量産販売、そして2016年からの2代目プリウス/PHEVの市場投入などにも尽力し、いわばこの分野の世界におけるオーソリティーと言ってもよい人物なのである。

 「電動車を普及させるには3つのポイントが必要になる。CO2削減などの環境対応ができているか、航続距離や充電時間、インフラ、車両価格などを含めてもっといい車になるか、事業としては成立するか、ということが問われている。自動車をお使いになるユーザー様はよほどのメリットがなければ、買い換えない。そして何よりも、機能に対してそこそこの低価格でなければ、まずお買いにならない」(安部静生氏)

 つまるところ、車両電動化事業はとてもではないが、ボランティアではやれない、ということなのだ。そしてまた、社会に貢献する慈善事業でもない。IoT時代を迎えた環境革命を推進する一方で、コスト的な見合いがなければ電動車は普及できないと言い切っても良いだろう。

 そうしたすべての状況を考えた場合に、プラグインハイブリッド車は、通常走行はEVとして動かし、長距離や坂道の多い走行などではガソリンエンジン車として動かす、という優れものの機能を備えている。そしてまたコストも、EVに比べればはるかに安いというのが最大メリットなのだ。使い勝手も良く、電池コストはEVに比べて数分の一で済むのだ。

 またEVにおいては、一般的に充電時間が家庭電力を利用すれば27時間もかかる。確かに350kwというとてつもない急速充電器を使えば23分で済むわけだが、変電所を1つ作るくらいのコストがかかってしまう。ちなみに、ガソリン車はまずもって3分以内でエネルギー補給ができるわけであるから、この点でEVはお話にならない。

 そしてまた航続距離にもかなりの不安があり、東京から大阪を1回の充電で往復するなどほとんどできない。米国のテスラが作るEVはめちゃ売れているというけれど、1000万円以上のEVを買える人たちは社会における少数者であることを認識すべきなのだ。

 こうしたEVの持つ様々な課題を解決するのがプラグインハイブリッド車であるといってよいだろう。2代目プリウス/プラグインハイブリッドタイプは、EVとしての走行距離を2倍以上に高めた。一般的な走行はしっかりEVで走りきることができる。またデュアルモータードライブという技術等を使うことにより、エアコンを使うときであっても、寒い日であっても、かなりの坂道であっても、エンジンを使うことなく電気で対応できる。

 「しかして、まだまだ課題は多い。私どもの会社はアイシンとデンソーが合弁して作られたものであるが、すべての電動車に対応する駆動モジュールを世界に展開することがミッションとなっている。デンソーのインバーター技術とアイシンのトランスミッション技術を融合させて、まずはHV、PHEV、EVの世界的普及に役立つ開発に総力を挙げていく。社名のBluE Nexusは世の中の青い空を取り戻そう、という意味なのだ」(安部静生氏)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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