電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第351回

「失敗を恐れるな。向き合いましょう。闘っていく自分に」


~東京オリンピック女子バレーボール監督の中田久美の言葉~

2019/9/20

 いつまでも目に焼きついて忘れない光景というものがある。筆者にとっては、1964(昭和39)年の東京オリンピックにおける女子バレーボール優勝の瞬間である。白黒テレビで見ていたが、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで掴み取った金メダルであった。

 この頃の女子バレーボールは圧倒的にソビエト(今のロシア)が強かった。高さにおいても、スパイクの強さにおいても、ソビエトは抜きん出ており、非力な日本勢がこれに立ち向かっていく姿は壮絶という他はなかった。日本チームを率いた大松監督は「俺について来い」という雄叫びをあげ、女子選手たちを鼓舞して勝利に導いた。

 この大松監督が編み出した戦法が「回転レシーブ」である。どんなにすごいスパイクが飛んできても、拾って拾って拾いまくれば必ず勝てるという信念がそこにはあった。ボールに飛び込むようにして回転し、スパイクを拾いまくり、つまりはひたすら耐え抜いて相手のミスを待って勝機につなげる。非力な日本チームにはそれしかなかったのだ。

東京五輪の女子バレー優勝の瞬間(提供:朝日新聞社)
東京五輪の女子バレー優勝の瞬間
(提供:朝日新聞社)
 金メダルを取った瞬間に選手たちは、鬼と言われた大松監督を見て泣き崩れた。苦しかった練習を思い出して、その脳裏には走馬灯のように「バレーに賭けた自分たちの青春の姿」がよみがえったに違いない。そして、この優勝の瞬間は日本のテレビ史上、スポーツ番組の最高視聴率(何と70%近かった)という記録を作り、これはかの女子サッカーのワールドカップ優勝でも破れなかったのだ。

 優勝を決めたのは、ソビエトチーム側のタッチネット、つまりは反則であった。これはまさに象徴的なことであり、レシーブを、スパイクを拾いまくった結果として、相手のミスが優勝をもたらした。忍耐一筋の日本人魂が力で押しまくる外国勢を破り、これが「日本の生きる道」とこのテレビを観ていた中小企業のオヤジたちがうなった瞬間でもあった。

 よく考えてみれば、かのワールドカップ優勝も、守って守って守り抜いた末でのドローからのPK戦で勝ったものであった。一流選手は澤穂希しかおらず、一人一人の力量は世界レベルには遠かったが、チーム力、団結力で女子サッカーの世界の頂点に立った。この時、筆者は東京オリンピックの女子バレーと同じことが繰り返されているのだと思えてならなかった。

 さて、2020年、56年ぶりの東京オリンピックがやって来る。バレーボール全日本女子監督の重責を担うのが中田久美である。2017年4月に監督に就任した折に、彼女は大胆にもこう言い放った。

 「伝説のチームを作りたい。目標はもちろん、東京五輪での金メダル」

 中田ジャパンの駒不足は明らかであり、木村沙織が引退し、絶対的なエースも存在しない。世界ランキングは現在6位であり、金メダルどころか入賞がいいところ、という下馬評のなかで、中田久美は決してひるまない。彼女は18歳でロサンゼルス五輪に出場し、銅メダルを獲得。その後ソウル五輪、バルセロナ五輪でもトスを上げ続ける名セッターであった。ある時、テレビで彼女のインタビューを観ていたら、次のような言葉があり、筆者はこれにうなった。

 「今の時代はみんな、失敗することを恐れるじゃないですか。でも、それでは何も変わらない。向き合いましょうよ。闘っていく自分に対して」

 この言葉を聞いて、筆者は全く別の言葉を思い出していた。それは今や、東芝メモリを抜いて半導体日本一の座につくことがほぼ確実なソニー半導体のある幹部が語ったものであった。

 「CMOSイメージセンサーは世界シェアの50%以上を獲得し、IoT時代のコアとなる半導体センサーとして世界に展開している。この決め手となったのが裏面照射の技術であるが、自分は絶対にそれは不可能と判断した。部下に対してそれは無理だという理由を100以上挙げて反対し続けた。しかし反対しながらも、不可能を可能にするのが、井深、盛田以来のソニースピリッツだと気が付いた」

 こうした社内の反対論を押し切り、ソニーは黄金技術の裏面照射を作り上げ、積層構造を作り上げ、スマホ、デジカメ、ビデオ、セキュリティーの各分野で人間の眼にあたる半導体であるCMOSイメージセンサーの世界チャンピオン、つまりは金メダルを掴んだのだ。

 「誰かがミスをして、“ごめん”と謝っているうちはまだ本物じゃないんです。他人のミスは自分のミスとしてとらえ、チーム自体が一体化しない限り、最強の集団は作れない」

 こう語る中田久美の東京オリンピックにおける闘いぶりは見ものであろう。女子バレーボールの金メダルは1964年の東京五輪、1976年のモントリオール五輪以来遠ざかっているなかで、今の選手たちがどう闘うか、皆で見守りましょう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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