電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第406回

半導体の栄枯盛衰をこの眼で見てきたことが恐ろしい


~世界チャンピオンはTI、NEC、インテル、サムスンと推移し、次は?~

2020/10/30

 大分県日出の街を歩く機会に恵まれた。秋の夕陽の中に沈む城下町の日出は美しかった。何よりも海のすばらしさ、そして古城の石垣が語る歴史のロマンに酔いしれた。

世界チャンプのTIの拠点があった日出の美しい海
世界チャンプのTIの拠点があった
日出の美しい海
 日出は江戸時代にあって、たったの3万石という小藩であった。木下家の治める藩として明治維新まで生き延びた。その子孫はなんと豊臣秀吉の係累にまでさかのぼる。さよう、秀吉は一時、木下藤吉郎と名乗っていたが、その木下が細々とではあるが、潰されることなく約300年間にわたり「お家」を保持したのである。

 しかして、日出といえば、どうしても筆者の脳裏には、かつて不動の半導体チャンピオンであったテキサス・インスツルメンツ日出工場のことが思い返されてならない。自分が記者として初めて書いた記事が、日本テキサス・インスツルメンツの日出工場における64K DRAMのライン増設というものであった。勢い込んで70行の記事に仕立てたのであるが、デスクは何とこれを10行に削ってしまった。要するにベタ記事であり、雑報扱いなのである。さすがに怒って「何でこんな小さな扱いなのですか」とデスクに迫ったところ、「こんな記事は誰も読まないからね」と冷たく言われてしまった。実に悔しかったことをよく覚えている。

 1980年代初めごろであり、このころの日本国内の半導体生産額は3000億円くらいしかなかった。鉄鋼、石油化学、電力などを担当する記者たちが肩で風を切って歩いていた。半導体はまことにみじめな存在であった。大手の日立、東芝、NECなどの半導体部門の人たちに会っても「どうせ俺たちの地位は低いのさ。何しろ、士農工商、犬、猫、半導体と言われるほど軽く見られているんだから」とため息をついていた。

 その半導体産業は今や50兆円の巨大市場となり、このコロナ禍の中にあっても「ひとり勝ち」とも言うべき成長を続けている。ここに来て、少しくメモリーに陰りが出てきているが、ロジック投資は巨大化する一方である。2021年の世界経済は半導体産業が最大の牽引役とまで言われている。まさに隔世の感がある。

 80年代の初めごろは、テキサス・インスツルメンツが十数年にわたり、ぶっちぎり世界チャンピオンの座にあり、テキサスの暴れん坊とまで言われた。この世界王座はまず揺るがないとされていた。そのずっと前には、トランジスタ発明者のウイリアム・ショックレーの流れを組むフェアチャイルド社が活躍していた。

 そして、80年代半ばに入ると、この不動の世界チャンピオン、テキサス・インスツルメンツが倒れることになる。打ち破って世界王座についたのは、何と日本のNECであった。91年までNECの王座は続く。ほんの一時、モトローラが世界チャンプになったことがあると記憶しているが、それにしてもNEC、東芝、日立といった日本勢はとにかく80年代後半には滅法強かった。

 そして、91年になって、米国の威信をかけた逆転劇が起こる。インテルがPCの世界を制して、ついに念願の世界チャンピオンのベルトを巻くことになる。マイクロソフトとタイアップし「ウィンテル王国」を築き上げ、まさにインテルは不動の世界1位をずーっと続けていく。20年近くも続くインテル時代に終わりの来る日は来ない、と多くの人たちが思っていた。

 ところが、である。2017年、あり得ないことが起きる。韓国サムスンが怒涛の勢いで急伸し、ついに不動のチャンプ、インテルを打倒して世界王座を獲得してしまうのだ。パソコンの心臓部であるCPUをメモリー半導体が撃破したことの証左であった。

 このころに「メモリーを制するものが世界を制する」などの論評が出始めるが、ところがどっこい、19年には再びインテルが王座に返り咲く。IoT時代の主役はデータセンターであり、このサーバーのCPUはインテルの得意技であるからして、またもインテル時代の再来かと思われた。

 最近ではしかし、このインテルがライバルのAMDに対して苦戦を続けている。それはなぜか。EUVプロセスによる7nmの歩留まりが良くなく、5nmの量産などはほど遠いという状況で、思うようにCPUを作れない。今やファンドリー世界一に君臨する台湾のTSMCは7nm、5nmの量産をEUVプロセスで楽々とこなしている。そして3nmの新工場建設を台南で着手しており、2nmの新工場用地も新竹に確保した。そして、トランプ大統領の要請もあって米アリゾナにも新工場を構えることになる。AMDがこの最先端のTSMCプロセスを使う限り、インテルの今後の戦いは厳しくなるばかりなのだ。

 そして、とうとう垂直統合を基本とするインテルがTSMCをファンドリーに使うとまで言い始めた。また一方で、フラッシュメモリー分野を約1兆円で韓国のSKハイニックスに売るとまで言い出した。半導体の世界チャンプに返り咲いたのもつかの間、インテルの将来に暗雲が漂い始めた。

 コロナ禍が世界を覆うなか、台湾のTSMCは驚異的な成長を続けている。ファブレス時代が本格到来し、同社の巨大投資が開花する数年先には、半導体総生産額でインテル、サムスンを打ち破り、TSMCが世界チャンピオンの座に着くだろうと予想する向きも出てきた。

 目まぐるしく変化する半導体業界では、その時代の波をつかんだ企業が世界チャンピオンになってきた。栄枯盛衰は世の常とはいえ、いやはやよくもまあ、40年近くも激動する半導体の報道に携わってきたものだ、という感慨が筆者にはある。そして、この道はこれからも追いかけていく道、という強い意志も、もちろん持っている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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