電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第45回

「パッションを胸にビジョンを語れ。夢を共有する多くの仲間を作れ。」


~イメージセンサーで倍増の12万枚めざすソニーの上田執行役員の熱い言葉~

2013/6/7

 「トップがヘボなら、すべてがダメだ。後退著しいニッポン電機産業の真の問題は各社の経営陣にあるのだ。エンジニアも開発もはたまた営業もやる気になっているのに、上層部がちっとも決めない、というケースを多く見てきた。とにかく、やるべきことはとっとと実行すべきだ。品質向上が必要なのは、まさに経営陣なのだ」

 講演の壇上で吼えるように、怒るように大きく叫んでいるその人こそ、ソニーにあって業務執行役員を務める上田康弘氏である。これは2013年5月13日~15日にかけて行われたLSIとシステムのワークショップ(電子情報通信学会主催、於北九州国際会議場)の中で語られた言葉なのだ。

 それにしても、ここのところソニーにはおとなしい人たちが多かったが、やけにトンがったナイスガイが登場してきたなと思いながら上田氏の講演に聞き入っていた。周知のように、今やソニーはイメージセンサーという半導体の世界では世界シェア25%を持ち、トップを疾走している。これが奏効して2012年におけるソニー半導体の伸び率は実に前年比20.1%を記録し、インテルのマイナス2.4%、サムスンのプラス6.7%を大きくしのぎ、最上位クラスの成長を達成したのだ。

イメージセンサーの世界シェア

 ソニーは長崎、熊本などの量産工場に積極的な設備投資を断行し、ウエハー能力で言えば2010年段階の2万5000枚(300ミリウエハー換算)から実に6万枚まで引き上げてきた。今後はロジックICメーカーの協力も得て近い将来に、なんと倍増の12万枚体制を構築するというのだ。熊本に新工場を立地するプランも具体化しており、鹿児島工場の建て替えも含めて、積極的に国内投資を拡大していくソニーの姿は、凋落著しいといわれるニッポン半導体の中にあって異色の存在だ。

 ところで、かつてソニーはイメージセンサーの世界でCCDの世界チャンピオンになったが、CMOSセンサーでは出遅れていた。製品の主力をCCDからCMOSセンサーまで転換させるのに10年間もかかったのだ。しかして今日、CMOSイメージセンサーの分野で世界トップの座を固め、さらに2位以下を突き放しにかかっている。

 「近赤外のチップを開発していたが、競合のテキサスインスツルメンツにソニーには技術的にできない、と言われた。とくに空乏層のところは不可能だ、とも言われた。そしてまた、自分はこの開発を断行すべしと先輩を突き上げ続けたが、先輩たちは皆できるはずがないと言い続けた。このやろう、必ずやってやる、との思いだけで作り上げた。ところが皮肉なもので、裏面照射型イメージセンサーのプロセス責任者となったときに、自分は若いエンジニアにそれこそ100くらいのできない理由を説明し続けた。いつの間にか、先輩と同じになっていた。これが悔しい」(上田氏)

 ソニーのCMOSイメージセンサーはさらに進化を続けている。超高速撮像技術においては、上下2行同時読み出し、下位ビットのカウンターを複数カラムで共有、超高速・低消費電力インターフェースという技術を駆使し、従来比5倍の高速化を実現した。34.8Gbpsのデータ出力によって、17.7Mpixel 120fpsの読み出しを可能としたのだ。要するに世界最高速を達成した。CCDより小さいCMOSセンサーも積層型で実現した。今や2000万画素クラスのCMOSセンサーも量産可能となっているのだ。

 「世界でただ1つしかない技術を実現するスピリッツはどこにあるのか。金のためにやってない。自分のためにやってない。唯一無二のスピリッツは、ソニーのCMOSセンサーを使って、子供の映像を撮ろうとしているお父さんやお母さんの気持ちになって、モノづくりすることだ。3日間徹夜すれば画素が飛躍的に上がるとするなら、エンジニアたちはやるのだ。すべてはお客様のために。ソニー製品を使って幸せになる人のために、私たちは存在するのだ」(上田氏)

 ところで冒頭に掲げた上田氏の発言は、なんとソニーの社内教育資料にあるというのだから驚きだ。上田氏が強調する「経営品質の向上こそが一番の課題なのだ」に、おののく経営者たちもかなりの数はいるだろう。勉強不足は現場ではなく経営陣そのものなのだ、という指摘に胸を張って「そんなことは絶対にない」といえる経営者がどれほどいるのだろうか。経営者の真の役割は、次世代メンバーのイノベーションを促すことにあるのだろう。そのビジョンを示せない経営者は今日において失格といわれるのかもしれない。

 「ソニーで働くすべての若者たちに言いたい。パッションを胸にビジョンを語れ。夢を共有する多くの仲間を作れ。正しく問題の本質を認識しろ。とにかくはじけろ。枠にとらわれるな。デバイスエンジニアこそ、社会とセットを語れ」(上田氏)

 こうした熱い言葉を語り続ける上田執行役員の姿を見ていて、筆者は「こんなにトンがった人が多くいる限り、ソニーは今後も必ずや成長するに違いない」との確信を持つに至った。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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