電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第438回

普及拡大するSi負極LiB


膨張・収縮の課題を解決、ピュアSiも登場

2022/2/4

 リチウムイオン電池(LiB)のさらなる高性能化に向けて高容量電極の採用が拡大している。正極ではハイニッケル化が進んでおり、車載用LiBで主流のNMC(ニッケル:マンガン:コバルト)では従来のニッケル6割の「NMC622」から同8割の「NMC811」へ移行している。

 負極ではシリコン(Si)、グラフェン、リチウム金属などが検討されている。うち、Siはグラファイトに微量のSiを含有したタイプがすでに製品化されている一方、含有量増加やピュア(100%)Siの動きが顕著となっている。Si負極LiBを開発するベンチャーの動向をレポートする。

課題はSiの膨張・収縮

 現状、LiB負極にはグラファイトが中心に採用されているが、Siはグラファイトの10倍の容量を示すことから高エネルギー密度化に向けて大いに期待されている。また、Siは地球上に最も豊富に存在する材料の1つで、かつ半導体や太陽電池などで広く採用され製造プロセスも確立されている。そのため低コスト化にも有利とみられている。

 一方で、Si負極は充放電の際に膨張・収縮を繰り返し劣化が起こるため、サイクル回数が伸びないという致命的な課題があった。このため、グラファイトにSiを一部含有するかたちで製品化されるにとどまっている。

 例えば、テスラやパナソニックが開発する円筒型LiB「2170」(直径21mm×長さ70mm)はSiを5%程度含有し、業界トップレベルの重量エネルギー密度270Wh/kgを達成している。また、2社はSiを50%程度含有し、重量エネルギー313Wh/kgに対応した同「4680」(直径46×長さ80mm)を開発中。膨張・収縮の課題に向けてはイオン伝導性ポリマーの活用により解決するとしている。4680は23年をめどに製品化する計画だ。

 また、ポルシェはSi負極LiBの開発を積極的に進めており、同社のハイエンド電気自動車(EV)やモータースポーツ向けに搭載していく計画を示している。

アンプリウス、Siナノワイヤー活用

 一方で、北米ベンチャーを中心にSi負極を活用したユニークな技術が開発されている。いずれも独自の方法でこの課題に向き合っている。


 スタンフォード大発ベンチャー、アンプリウス・テクノロジーズは、負極に高容量Siナノワイヤー「HESO」を採用したLiBを開発している。同社によるとSiナノワイヤーは基材に根差しており、ミクロ・マクロサイズの多孔質構造により膨張・収縮に耐えることができるという。加えて、負極と電解質の良好な界面形成により、サイクル回数を大幅に改善。さらに、高容量であるため負極の厚さをグラファイト負極の半分程度にできるとしている。

 同社は21年10月、高容量Siナノワイヤを活用した、重量エネルギー密度320Wh/kg・体積エネルギー密度680Wh/L品と、同350Wh/kg・800Wh/L品の2つのLiBセルを開発したと発表。前者はサイクル回数1000回以上を実現し、また3Cレートにより約15分で満充電の80%を充電可能。現在、パイロット生産中で、すぐにも量産化に移行できるとしている。

 後者はサイクル回数500~700回で、量産化に向けてサイクル回数を1000回以上とする考え。なお、EVに搭載されれば航続距離1000kmを実現するとしている。

エノビックス、3層構造負極採用

 エノビックスはピュアシリコンを活用したLiB「3D Silicon Lithium-ion cell」を開発している。最大の特徴が負極をシリコン層、ステンレス層、セラミックス層の3層構造としている点で、ステンレス層の拘束によりSiの膨張を抑えるという。また、ピュアシリコンにより電池容量を最大70%高めることが可能としている。

 製品としてはウエアラブル機器、ヒアラブル機器、スマホ、ノートPCなど携帯機器向けにラインアップしている。既存のLiBの代わりに搭載することでそれぞれの機器の使用時間を延長できる。

シラ、多孔質Si活用

 シラ・ナノテクノロジーズは多孔質Siを活用したLiBを開発している。具体的には1mm厚程度の多孔質Siを多層化し、多数の隙間により膨張を抑制するものだ。エネルギー密度は既存LiBより40%程度高く、またサイクル回数は1000回を実現。

 21年、同社のLiBはWhoopのウエアラブルフィットネストラッカーの新型モデル「Whoop4.0」に採用された。従来型モデルよりエネルギー密度を20%向上し、かつ機器サイズを33%小型化。また、1回の充電で5日間の使用が可能だ。

 シラは大型化を進め、将来的にEVにも搭載していきたい考え。これまでにBMWやダイムラーと協業すると発表しており、今後これら2社に大型化したLiBを供給していく計画。25年頃をめどに実用化できるとしている。

ライデンジャー、エネルギー密度70%向上

 ライデンジャー・テクノロジーズはピュアSi負極を採用したLiBを開発している。シラなどと同じく多孔質構造とすることで膨張を抑えることに成功した。エネルギー密度は既存LiB比で70%程度向上。

 製造プロセスは銅基板上にPECVDを用いて直接的にピュアSiを成長させるもの。半導体・太陽電池産業で広く使われる薄膜成長プロセスを応用したとしている。すでにオランダ・アイントホーフェンにパイロットラインを開設済みだ。

電子デバイス産業新聞 編集部 東哲也記者

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