電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第439回

半導体産業を支援する各国の優遇政策


日米中印の政策比較

2022/2/10

 米中デカップリングがハイテク業界にも影響し、各国は経済安全保障の重要性から半導体産業を政府主導で支援するようになった。2021年に起きた世界的な半導体不足はこの流れを加速させ、それ以前では想定されていなかった新工場計画が目白押しとなった。日本では「インセンティブ(補助金)は財務省の管轄だから、経済産業省が補助金政策を決めるのはアンタッチャブル」(業界関係者の談話)とみられてきた。しかし、経済産業省はTSMCの誘致に成功し、つくばと熊本の工場に2000億円と6000億円の補助金を給付。さらに22年以降も追加予算が組まれるもようだ。

 日本政府は、「デジタル化は全ての産業の根幹」、「デジタル産業とデジタルインフラは国家の大黒柱」と位置づけ直し、そのために必要な「半導体は国家戦略物資」と考えるようになった。21年12月に開催された「SEMICON Japan 2021」の開会式に岸田文雄首相のビデオメッセージが寄せられ、キーノートスピーチに登壇した甘利明衆議院議員(半導体戦略推進銀連盟の会長)は「今後10年で官民投資は7兆~10兆円くらいは必要」と語った。半導体の展示会で政府トップが自らメッセージを伝えるのは極めて異例なことで、日本政府が半導体産業を重視するようになったかを印象づけた。

中国は7年前から兆円規模の補助金

 中国政府は2014年、半導体産業の発展方針を規定した「国家集成電路産業発展推進綱要」を発表した。長期的な半導体産業の発展ビジョンを提示し、まず2兆円規模のIC産業専門の投資ファンド運営会社を発足させた。これはビッグファンド(大基金)と呼ばれ、多数の半導体工場に大量の資金が投入された。この中には国策メモリー会社のYMTC(長江存儲科技、湖北省武漢市)や中国ファンドリー最大手のSMIC(中芯国際集成電路制造)などが含まれた。

 20年には約3兆円の第2期ファンドも発足し、合わせて5兆円規模の資金が中国の半導体業界に注入された。これ以外にも中央政府の方針を追い掛けて発足した各地方の半導体産業ファンドや民間ファンド資金などを合わせ、10兆円規模に拡大したものとみられる。とくに第2期ファンドでは、レガシー半導体(パワー半導体やMEMS)や化合物半導体(中国では「第3世代半導体」と呼ぶSiCやGaN半導体)、さらに装置メーカーや材料メーカーへと融資先の幅と融資額が拡大した。

 中国は製造業の発展ロードマップを示した「中国製造2025」(実際には2049年までの発展計画が書かれている)にもとづき、先端半導体の国産化とサプライチェーンの確立という野望に向かい、官民あげて大行進を始めた。


バイデン政権が国策で半導体工場誘致

 その中国の半導体優遇政策の開始から遅れて6年、ついに米国も半導体産業を国家の重要産業と位置づけ直した。米国政府は、「ビジネス競争は本来、公平な条件でやるべき」として、特定の民間企業を優遇するような政策介入を敬遠していた。これとは真逆の中国政府のやり方を、WTO違反ではないかと批判していた。これに対して、中国政府は直接的な補助金ではなく、半導体ファンドを通じた融資というスキームを組むやり方で批判を回避してきた。しかし、トランプ政権の時に米中デカップリングが始まり、その後のバイデン政権は「戦略物資である半導体」を確保するために半導体産業に多額の補助金枠を用意するように変わった。

 バイデン政権の半導体補助金(CHIPS法、CHIPS for America Act)は520億ドル(約5.9兆円)規模を予定し、これによりTSMCやサムスンなどが米国に半導体工場の投資を決めた。TSMCは約120億ドル(約1.3兆円)を投資し、アリゾナ州に300mm工場の建設を始めた。5nmプロセスを採用し、24年前半に稼働を始める。サムスンは170億ドル(約1.9兆円)を投資し、テキサス州テイラーに300mm工場を建設する。サムスンは同州のオースティン(テイラーからは30km)にすでに工場があり、技術者の往来が便利である点がテイラー工場の用地選定のカギとなった。

 米国企業のインテルもオハイオ州コロンバス近郊に200億ドル(約2.3兆円)を投資し、300mm新工場を建設する。米議会の下院では今後5年間に1100億ドル(約12.6兆円)を見込むUSICA法案(United States Innovation and Copetition Act)も審議している。


ついにインドも半導体補助金

 インドのモディ政権は「Make in India」構想を掲げ、スマートフォンなどの電子機器の国産化を推進している。これは26年までに電子機器の生産額を3000億ドル(約34兆円)に引き上げるというもので、エレクトロニクス製品の生産額を年率40%増、つまり5年で4倍にする目標を掲げている。

 21年にはインドでも半導体不足と新型コロナ(デルタ株)の拡大により、自動車製造が大きく落ち込んだ。インドの自動車メーカーは車載半導体の安定確保が重要と考えるようになり、自動車製造大手のタタグループは半導体の組立・検査工場の投資を計画している。すでにインド国内の3都市を候補に選び、投資計画を推進しているという。

 インド政府はこうした企業の動きを支援する方針で、半導体補助金を拠出して工場誘致を支援していく考えだ。まずはなんとか半導体工場を2案件誘致したいと考えている。条件が整えば、これらの案件に最大50%の補助金給付も検討しているという。しかし、インドは先端半導体の製造実績がないどころか、200mm量産工場もないのが実態だ。インドの半導体工場誘致は、日米が成功したような海外大手企業を狙うというのはハードルが高すぎる。まずは国内企業をターゲットに工場投資を支援していくことになるものとみられる。もしくは、半導体の前工程よりも後工程(組立・検査)の可能性が高いだろう。前工程の場合は、投資額が抑えられる化合物半導体やパワー半導体工場などを想定しているもようだ。

 金属・資源大手のベダンタグループは、グループ傘下のアヴァンストレート(日本板ガラスとHOYAの合弁)がインド国内に液晶モジュール、ガラス基板工場の投資(約100億ドル)を計画している。また、半導体の前工程製造にも投資する考えで、自動車用や産業用の半導体で月産能力4万枚レベルの投資を構想している。ウエハーサイズが300mmか200mmになるかは、技術提携する外国企業次第という。また、組立・検査もやる気がある(要するにIDMをやるということの)ようだが、「何でもやりたい」というのは結局、「何も決まっていない」ことの裏返しでもある。この状況から考えて、半導体の前工程工場の投資が決定するにはしばらく時間がかかりそうだ。

 この1年の動きを見ていると、年半導体不足が米中デカップリング時代における半導体の補助金政策を後押ししたのは間違いないだろう。半導体不足と米中関係はまだしばらく不安定な状況が続くだろうから、各国の半導体優遇政策は一時的なブームで終わらず、中長期にわたって継続していきそうだ。


電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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