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第485回

創刊100周年を迎えた月刊『文藝春秋』は常に権力に切り込む!!


左にも右にも寄らず、社内は「さん」付けで呼ぶ平等主義

2022/6/10

 次々と名だたる雑誌が廃刊される昨今にあって、創刊100周年記念を迎えた『文藝春秋』の絶対価値は高まるばかりだと思っている。だいたいが『文藝春秋』の最新号を見ても、小説の連載は1本しかない。とてもではないが、文学の専門誌ではまったくないのだ。芥川賞、そして直木賞を選定し世に送り出すことで知られてきたが、とにもかくにも文芸誌として歩んできたわけではない。

 「週刊文春であっても、月刊誌の文藝春秋であっても、ひたすらにわかっていることは権力を叩くことである。一番鮮烈であったことは、立花隆の"田中角栄研究"という記事によって、小学校しか出ておらず、若くして出世し、総理大臣まで上り詰め、今太閤とまで言われた田中角栄が失脚してしまったのだ。飛ぶ鳥を落とす勢いの現職総理を真っ向から切り捨てるという彼らの言論は、並大抵のものではない」

 これは筆者が親しくする朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞のOBたちと、牛もつ鍋をつつきながら日本酒を煽り、ワーワー語り合っている中で出てきた一人の元記者の言葉である。

 筆者もこの田中角栄に関する切り込み記事はリアルタイムに読ませてもらったが、「こんなことしちゃって大丈夫なのかよ」と唸ったことをよく覚えている。田中角栄ばかりではない。文藝春秋が向かっていく先には、ある種の権力を持つ人たちを徹底批判という哲学が貫かれている。ある時は日本共産党を切り捨てた。ある時は創価学会の批判記事をしっかりと載せた。とにかく反権力ではあるが、実のところは反体制ではない。

100年前の「文藝春秋」創刊号はたったの30ページ
100年前の「文藝春秋」創刊号は
たったの30ページ
 自分の手元には、創刊100周年号の付録として送られてきた『文藝春秋』の創刊号の再生本がある。発刊日の日付は、大正12年1月1日である。今でこそ分厚い雑誌になっているが、この第1号はなんと30ページしかないペラペラの雑誌なのである。

 文藝春秋を創刊した菊池寛という人は、今日にあってそれほど有名ではない。しかしながら、文藝春秋が創刊された大正12年にあっては、菊池寛はその当時の日本文壇第一の寵児であったのだ。戯曲の傑作である『父帰る』は大当たりを取り、ローカル劇団まで含めれば何十万回も公演されたと思われる。また、菊池寛の書いた『真珠夫人』は、主婦の浮気を扱ったよろめき小説として一世を風靡し、現代にあってもよろめきたい女たちの渇望を掻き立ててか、つい数年前にテレビドラマになり、スマッシュヒットを記録している。その他にも、『恩讐の彼方に』『忠直卿行状記』などが著名作品であるが、まずもって今時の若者たちは菊池寛を読まない。

 そのくせ、菊池寛の親友の芥川龍之介を記念した芥川賞、同じく菊池寛が可愛がっていた直木三十五を記念した直木賞の受賞者作品がお笑い芸人だったり、タレント系だったり、めちゃめちゃに若い女の子だったりすると、若者たちは皆、貪るように読むのである。

 それはともかく、「文藝春秋」という会社が長生きしたことの背景には、その社風がある。役職付きの上役であっても役職名で呼ぶことはなく、全員が「さん」と呼び合っていたというのだ。年齢や地位といった権威を否定し、皆が平等だという観念はここから生まれてくる。実のところ、こうした社風に裏打ちされた会社ほど強いものはない。「文藝春秋」が100年間生き延びた所以なのである。

 そしてまた、文藝春秋の特徴としては、権力や権威と言われるものに対しては、徹底的に戦うのであるが、編集方針そのものは「左にも寄らず右にも寄らず」という中立性を貫いていることだ。よく考えて欲しい。『文藝春秋』が創刊された大正12年頃にあっては、社会主義日本の到来、共産主義革命の可能性が多くの人によって語られていた。そして、創刊から数年も経たない1917年に、ロシア革命が起きて、世界初の共産主義大国ロシアが誕生するのである。

 そういう中にあっても、菊池寛は左には寄らないとの方針を貫いた。一方で、自由主義、民主主義、そして資本主義といった欧米諸国の方向に対しても一線を画していた。中立中道を貫いたのである。これがまた、『文藝春秋』という雑誌を100年間生き延びさせた理由である、と筆者は分析しているのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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