電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第467回

バッテリー分野でも進む米国の支援策


韓国メーカーにはプラスに

2022/8/26

 2022年8月9日(米現地時間)、バイデン米大統領の署名で効力が発生し始まったCHIPS法(米国の半導体育成法案)に続いて、バッテリー分野に対する中国デカップリングが着実に進んでいる。

インフレ減縮法にも色濃い中国牽制

 米上院は8月7日、気候変化の対応とエネルギー安保に向けたインフレ減縮法案を議決。続くバイデン大統領は8月16日、同改正法案にサインした。そのうち、改正法が規定した電気自動車(EV)に対する税額控除の条件は、韓国完成車メーカーとバッテリーメーカーにも影響する見通しだ。改正法案は、EVの税額控除の対象から中国産バッテリーとコア鉱物を採用したEVを除いて、米国内で生産・組み立てられたEVだけに税制優遇を設けた。

 米上院は、2030年までに温室ガスを40%低減するために、エネルギー安保や気候変化に対応し、4690億ドルを投入する「インフレ減縮法案」を本会議で可決した。改正法案によれば、23年から北米で生産したEVを購入する際、1台あたり7500ドルの補助金が税額控除の形態で支払われる。補助金を受けるためには、バッテリーのコア原材料(リチウム、ニッケル、コバルトなど)を米国または米国と自由貿易協定(FTA)を締結した国家・地域から調達しなければならない。また、北米で作られるバッテリーのコア材料(正極材、負極材、電解液、分離膜)の割合が50%強にならなければならない。

 これにより、米国に現地工場を運営しつつ、ゼネラルモーターズ(GM)との合弁工場を建設しているLGエネルギー・ソリューション(LGES)は、世界バッテリーメーカーのうち最も多くの恩恵を受けると、ソウル証券街では観測されている。つまりは、バッテリー業界トップのCATL(寧徳時代)をはじめとする中国産バッテリーは、米国のEV補助金の支給対象から除外されることを意味する。


韓国バッテリー3社は業績拡大の期待

ソウルのバッテリー専門展示会出展のLGESパウチ形バッテリー(2022年3月)
ソウルのバッテリー専門展示会出展の
LGESパウチ形バッテリー(2022年3月)
 米国内のバッテリー工場を積極的に増設してきたLGESやSKオン、サムスンSDIなどの韓国バッテリー3社は、改正法の施行による補助金を受けて、北米市場におけるシェア拡大と中国勢への牽制により、業績の拡大・回復が期待されている。

 LGESは、25年以降に北米だけで200GWh強の大規模なキャパシティーを確保する見通しだ。SKオンとサムスンSDIもそれぞれフォードとステランティスとの合弁会社を設立し、米国内におけるバッテリー工場建設に取り組んでいる。韓国バッテリー3社を除いて、米国内にバッテリー工場を運営しているメーカーはパナソニックが唯一であり、キャパシティーは40GWhにすぎない。


 だが、中国バッテリーメーカーも米国~メキシコの国境地域にバッテリー工場の用地を物色していることから、長期的には韓国勢の一人勝ちとは言い切れない。バッテリー分野に詳しいソウル証券街のアナリストは「CATLとBYDなどの中国勢は、米国国境エリアにおけるバッテリー工場建設を計画しているが、今後、同工場について米国政府が承認するかが最大の関心事だ」とし、「したがって、改正法の施行が必ずしも韓国バッテリーメーカーに有利とは限らない」と分析する。

高すぎるコア原材料の中国依存度

 特に、中国産鉱物に対する依存度が90%強のバッテリーを作る韓国メーカーであるがゆえに、改正法の履行が現実的に容易ではないと指摘する専門家もいる。バッテリーのコア鉱物であるリチウムの場合、中国で製錬する割合はワールドワイドの65%を占める。また、前駆体(プリカーサ)の場合も、中国産の割合は80%に迫る勢いで中国依存度が高く、短期間では完全に中国以外のものに代替できないのが実情だ。

 にもかかわらず、バッテリーのコア材料である正・負極材専業メーカーのポスコケミカル(韓国慶尚北道浦項市)は、インフレ減縮法の恩恵対象になる見通しだ。同社はバッテリーのコア材料ビジネスに対する垂直系列化を進めており、中国依存度を減らすことにおいては競合メーカーよりも先行している。親会社のポスコグループは、鉱物供給の内製化に取り組んでいるためだ。鉱物~原材料~中間材料~最終材料とつながる独自のサプライチェーンの構築により、米国主導のEV市場におけるシェア拡大が期待されている。

 ポスコグループは、リチウムやニッケルなどコア鉱物の独自調達に乗り出している。リチウムは、22年3月に着工したアルヘンチーナのリチウム工場をはじめ、豪州の鉱山企業(ピルバラ社)と合弁会社を設立し、韓国全羅南道光陽市に水酸化リチウム工場を建設する計画だ。

 また、ニッケルの場合、ポスコグループ系列会社のSNNC(韓国光陽市)が生産している。ポスコグループはリチウムとニッケルのキャパシティーを30年までにそれぞれ年間30万t、22万tの水準に引き上げる計画だ。バッテリーのコア材料のうち、韓国勢が劣勢を強いられる負極材については、ポスコケミカルが頭角を現している。中国勢が米国のサプライチェーンから外されれば、その穴埋めをポスコケミカルが果たすことになろう。

米中「銃声のない戦争」にエスカレート

 22年1~5月累計で韓国勢のバッテリー市場シェアは25.8%となり、前年同期に比べて9.1%ポイント縮小した。CATLが33.9%でトップを堅持した反面、LGESは14.4%にとどまった。中国バッテリーメーカーの量的攻勢に押されたのが、順位を落とす要因となった。

 特に、グローバル市場における原材料価格の高騰は、韓国バッテリーメーカーに致命的なインパクトを与えている。マグネシウムやレアアース、リチウムなどのコア材料の中国依存度は80%強。クリプトンやゼノン、パラジウムなどのロシア、ウクライナに対する依存度も30%を上回る現状は、韓国バッテリーメーカーの競争力を低下させている。

 日中韓のシェア争いから始まったバッテリー三国志は、改正法案作りを通して参戦した米国の加担により、もはや経済原理を超越し国家間の経済安保へとエスカレートしつつある。いわば「銃声のない戦争」ともいうべき各国の熾烈な駆け引きが繰り広げられている。半導体と同様に、中国デカップリングが色濃い米国のインフレ減縮法は、韓国勢にとっては結果的にグローバル・バッテリー市場における首位奪還のチャンスになるかもしれない。

電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴在漢

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