電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第499回

「メタバース」という世界が半導体産業を爆裂成長させるのだ


スマートグラスとエッジコンピューティングが新時代の主役

2022/9/26

 「メタバースという新世界はまさにサプライズなのである。100年前の東京・日本橋を仮想現実の世界でほぼリアルに歩くことができる。夢の世界がもはや近づいているとしか言いようがない」

 少しため息をつきながら、眼だけは優しく、感慨をこめてこう語るのは今や半導体業界のトップアナリストとして君臨する南川明氏である。南川氏によれば、GAFAMつまりはGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの各社は何と開発人員の3分の1をメタバースに投入しているというのである。

 メタバースは英語の超(meta)と宇宙(universe)を組み合わせた造語である。今日にあってはコンピュータや各種ネットワークの中に構築された3次元の仮想空間やそのサービスを指している。一般的には既存のインターネット技術の発展形であり、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の世界を最先端テクノロジーで実現しようというのである。例えばメタバースを利用する人は、オンライン上に構築された3次元の仮想空間に自らが参加し、買い物などもできるというウルトラ離れ業が可能になるのである。

メタバースの主役となるスマートグラス
メタバースの主役となるスマートグラス
 端末として大きな主役の座を占めると言われているのが、スマートグラスとスマートウォッチである。スマートグラスは現在のような大きな「Google Glass」のようなものでは決してない。通常のサングラス程度の薄くて軽いタイプのものが主流になる。スマートウォッチもまたさらに進化を続けていく。南川氏によれば、向こう3~5年の間には米国のスマホ保有者の3分の1がスマートグラスに切り替えるというのだ。すなわち一般的な生活の中でスマホを捨てる世界が実現されるのであるからして、驚き以外の何物でもない。

 もちろん日本の大手企業もメタバースの取り組みを進めている。キヤノンはデジタルカメラで撮影した人物を3次元で仮想空間に再現できるアプリの開発をマイクロソフトとの協力で進めている。カメラ1台でプレゼンター・ホワイトボード・会議室全体を映し出すわけであり、リモートワークであっても、全員が同じ会議室であるかのような臨場感の高いオンライン会議ができるのである。

 映像事業に命をかけるソニーは、もちろん得意とするゲームの世界でメタバース技術の確立とサービスを強化していく方向だ。スポーツの判定を支援するカメラシステムは、AR・VR・AI技術を駆使して作られている。その視線の先にあるのは、ソニーが得意とするマイクロLEDという、新たなディスプレイが大活躍するステージということになる。

 家電大手のパナソニックはメタバース向けのVR機器を次々と市場に投入している。眼鏡型の超高解像度のVRヘッドセット、さらには背中に装着する小型のパーソナルエアコン、さらには自分の声を周りに聞こえにくくする音漏れ防止機能つきのBluetoothマイクなどを市場に出している。

 インテル社によれば、メタバースの本格登場が進めば、コンピューティング能力は現在の1000倍は必要になると言っている。これはただごとではない。現在ですら少し市場がトーンダウンしてきたとはいえ、半導体は作っても作っても足りない。それが1000倍のコンピューティング能力が必要ということになれば、全く予測することのできない巨大な半導体市場が切り拓かれることになるだろう。

 実際のところ、スマートグラスやスマートウォッチで日常的な生活の中でメタバースを活用するならば、言うところのエッジコンピューティングがどうしても必要になる。それこそ数10メートルおきにエッジサーバーを作っていかなければならない。そうなれば、少年くらいの背の高さの小型のエッジサーバーが世界中に置かれるという状態になる。

 このエッジサーバーのCPUやメモリー、とりわけNANDフラッシュメモリー、さらにはパワー半導体などは、ウハウハの大活況になることは間違いのないところである。メタバースの元祖と言われるFacebook(現在の社名はMETA)もまた、自前のエッジサーバーに搭載されるプロセッサーを開発していると言われ、そうしたデバイス関連で1兆円の投資を数年間にわたって断行する。

 とまれこうまれ、メタバースが切り拓く世界は半導体や電子部品、ディスプレーなどの電子デバイスに強烈なインパクトを与えるのだ。一番はじめにブレークするのはやはりゲーム市場であるが、医療、工場、店舗などの産業分野に次々と活用されていくわけであり、人類はとうとうありえない夢の世界に入っていくことになるのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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