電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第492回

中国の新エネルギー系デバイスの王者「BYD」


EV、LiB、IGBT、SiC、PVなどを製造

2023/2/24

 BYDは二次電池メーカーとして1995年に創業し、その後は新エネルギー系デバイス(リチウムイオン電池(LiB)や太陽電池(PV)、パワー半導体)などを生産するようになり、2022年のEV(電気自動車)販売台数では米テスラを押さえて世界トップに躍進した。23年1月末時点での株式の時価総額は16兆円を超え、米国の制裁を受けて後退したファーウェイを超えてグローバルで活躍する中国のトップエレクトロニクス企業となった。

日本でも販売するEV「アット3(ATTO3)」(写真右)
日本でも販売するEV「アット3(ATTO3)」
(写真右)
 23年からは日本でも乗用車タイプのEV販売を開始し、2月に横浜に販売店をオープンした。25年までに日本国内に販売店100店舗体制を構築する目標を掲げている(テスラは22年末時点、日本国内に10店舗くらいしかない)。これにより、日本でもBYDの名前は業界人だけでなく、多くの消費者の目に留まるようになるだろう。今後の新エネルギー車(新エネ車、NEV)の販売増とそれに伴うパワー半導体や車載バッテリーの需要増などにより、23年の売上高は過去最高の12兆円に達するものと予測されている。

車載パワー半導体の能力増強

 私は半導体などの電子デバイス業界の記者をして約20年のキャリアになるが、記事としてBYDのことを最初に大きく扱ったのは08年のことだった。BYDは07年にプラグイン式ハイブリッド車(PHV)の開発に成功し、08年に米国の著名な投資家のウォーレン・バフェット氏の出資を受けたことで世界的な注目を集めるようになった。私が注目したのは、この前後に浙江省寧波市の150mm(6インチ)ファンドリーのシノモス(SinoMOS、中緯積体電路)を買収して半導体製造に参入することになったからだった。

 シノモスはTSMCから半導体の中古製造装置を購入して04年に立ち上げた6インチ工場で、赤字経営が続いて08年7~9月期に営業を停止し競売にかけられていた。BYDはシノモスを買収後、当初は携帯電話関連(充電アダブターなど)用の電源管理IC(PMIC)などを製造することで工場を再建し、その後は車載用パワー半導体の開発に注力するようになった。この頃からすでに「携帯電話関連部品から車載部品に参入する」という野心を内に秘めていた。

 その後、21年に山東省済南市の新興半導体企業のJESC(富能半導体)を買収し、パワー半導体の200mm製造に参入した。さらに四川省成都市で建設していた紫光集団の300mm工場のプロジェクトを引き取り、25年に300mm工場として立ち上げてパワー半導体の生産を開始する予定だ。半導体企業や工場、プロジェクトを買収することで投資コストと時間を縮小するのがBYD流の半導体工場の投資戦略といえるかもしれない。

BYDの寧波工場で製造していたIGBTのサンプル
BYDの寧波工場で製造していたIGBTのサンプル
 今のところBYDにとって半導体事業は全売上高の1%に過ぎないが、今後の新エネ車販売の増加に対応していくためには車載パワー半導体の供給能力を長期的に拡大し続ける必要がある。

CISの最終狙いも車載向け

 日本人にとってBYDブランドの製品はほぼ馴染みがないが、実はスマートフォンやタブレット端末のODM生産(相手先ブランドの受託生産)ではかなりの実績を持っている。長らくファーウェイなどの中国スマホのODM生産を受けてきたし、最近では米アップルのiPadの受託生産も請けている。今後、自動車分野でBYDブランドが世界的に浸透していったら、コンシューマー製品の分野でも自社ブランド販売が十分にいけるようになるのではないかと想像してしまう。

 BYDは自動車以外のコンシューマー向け製品を生産・販売する方針は今のところないようだが、電子部品については内製化を重視している。パワー半導体以外にも自社でCMOSイメージセンサーのIC設計を行い、ファンドリーとOSAT(半導体の組立・検査の受託)に生産委託している。そして、できあがったCISを搭載したカメラモジュールは自社で生産している。CISは自動車での搭載量が増加しており、BYDにとっては今後の自動運転車などの次世代カーに向けたビジネスの布石にもなっている。

中国ではめずらしい「モノづくり」重視企業

 BYDは最近の中国企業としてはめずらしい垂直統合モデルを追求している。それは、かつての日本のエレクトロニクス企業が強かった時代の必勝モデルでもあった。最近(と言っても、この10年くらいであろうか)の中国企業の強みはもはや低コスト製造ではなくなり、「投資から生産、マーケットインまでのスピード力」にあると言える。ウォーレン・バフェットがBYDに注目して投資したのは15年前のことで、それが昨年になってようやく世界トップのEVメーカーとして認められるようになった。そうした意味では、BYDはコツコツと技術を積み上げてきたモノづくり重視の企業ともいえる。

 BYDの創業者の王伝福CEO(1996年生まれ、57歳)は、中国のエレクトロニクス業界の経営者の中でもとくに苦労人として有名だ。安徽省蕪湖市の農村の田舎に生まれ育ち、中学生の時に両親が亡くなり、稼ぎ手を失った兄弟の生活は困窮を極めた。高校時代は常にトップクラスの成績だったという。苦学の末に中南工業大学(湖南省長沙市)に入学して冶金物理学を学んだ。

BYD創業者の王伝福CEO(写真左)
BYD創業者の王伝福CEO(写真左)
 その後、北京の有色金属研究院でニッカド電池(NiCdB)の開発に携わった。この時の経験がもとで1995年に2次電池のベンチャー企業として広東省深セン市でBYD(Beyond Your Dreamの略)を設立した。その後、ニッケル水素電池(NiMHB)やLiBを開発し、携帯電話用LiBの量産化に成功。2000年に中国企業としては初めて、米モトローラーから携帯電話用LiBの指定供給業者の認定を受け、02年にはノキアからも同様の認定を受けた。創業者の王伝福氏自身の「本業での自主開発の重視」や「苦労の先にトップを目指す」という考え方が今もBYDの企業文化として生きている。

EV時代の到来を見据えて

 BYDは海外の携帯電話大手のサプライヤー入りを果たし、02年に香港で株式上場した。そして、その上場資金をもとに、自動車製造に参入した。03年に中国資本の自動車メーカーの西安秦川汽車有限公司を買収し、自動車の生産を始めた。西安秦川汽車は、スズキの生産技術と中古生産ラインを導入し、小型車の「アルト」を生産していた。BYDは自動車用金型メーカーの北京吉駈自動車鋳造有限公司も買収。金型の内製化で自社開発力を向上するとともに、大幅なコスト削減に成功した。しかし、この当時は株式市場で無謀な挑戦と捉えられ、BYDの株価は一時期かなり落ち込んだ。

 その後、アルトをベースに開発した自社ブランドカー「フライヤー(Flyer)」に、日本と韓国から技術導入して「F2」と「F3」という車種を開発して市場に投入した。BYDは、買収や技術提携などにより外部の技術を取り込み、短期間で製品開発を進めていくことが上手い。

 07年にはついにプラグイン式ハイブリッド車(PHV)の開発にも成功した。09年1月に北米国際自動車ショーで家庭用コンセントから充電できる世界初のPHVの「F3DM」と「F6DM」(ともに中型セダンタイプ)とEVの「e6」を出展した。「F3DM」は08年12月から中国市場でフリート販売(法人や行政向けの一括販売)を始め、09年に一般販売も始めた。

 「F3DM」は、ガソリンエンジンとモーター(出力50kW)、発電機(出力25kW)を搭載。1回の充電で約100kmの走行が可能で、最高時速は150km。価格は、「F3DM」が約15万元(約200万円)、「F6DM」は20万元(約265万円)。トヨタが中国で販売しているHEVのプリウスは09年当時、約26万~27万元(350万円前後)だった。それと比べるとだいぶ低い価格だった。これらのEVとPHVにはBYDが独自に開発した車載LiBが搭載された。

BYDが22年に発売した新型EV「シール(海豹)」
BYDが22年に発売した新型EV「シール(海豹)」
 BYDはちょうどこの頃(08年)、ウォーレン・バフェットからの投資を受けた。しかし、中国政府が15年に新エネ車の販売補助金制度を開始するまで、BYDの新エネ車ビジネスはしばらく低空飛行の状態が続いた。補助金効果で中国市場が拡大を始め、そして22年にBYDはついにガソリン車の生産を完全に中止し、新エネ車のみを製造するようになり、EV製造で世界トップメーカーに躍進した。

ブレード型製造でLiB業界2位に

 22年のBYDの車載用LiBの搭載量は69GWhに到達し、1社で中国の需要全体の23%を供給した。ちなみに搭載量1位はCATLの142GWh(全体比48%)で、BYDは2位だった。3位の中創新航は19GWh(同6%)しかなく、BYDとはかなり差が開いている。また、BYDは搭載量の98%がリン酸鉄LiBで、三元系LiBはほとんど生産していないのが特徴だ。

 BYDは20年3月、電池事業を分離独立させてファインドリームズ・バッテリー(弗迪電池、広東省深セン市)を設立した。従来のLiBは円筒形などのパック形状を採用していたが、BYDはこの頃からブレード型を採用するようになった。円筒形LiBはまず電池セルを製造し、それを円筒形にモジュール化し、これを直列に並べてパックする。乾電池の時代から採用されている円筒形は、製造コストが安い利点がある。しかし、円筒形のモジュールを立方体にパックするために隙間が生じる。「パック後の空間利用率は40%しかなくなる」(電池業界の関係者)。ブレード型LiBは、セル製造時に、厚さ13.5mmのセルを最長2mまで製造できる。ブレードの側面には高強度のプレートを貼ってパック化し、モジュール工程を省くことができる。これにより、パック後の空間利用率を従来の円筒形LiBから50%向上させ、三元系(ニッケル、コバルト、アルミニウム)LiBと同程度の電池エネルギー密度を実現した。生産したブレード型電池のほとんどはBYDの自社EVとPHVに採用している。

設置の際の隙間を削減できるブレード型電池(同社資料より)
設置の際の隙間を削減できる
ブレード型電池(同社資料より)
 また、BYDは以前から太陽電池セルとモジュールも生産している。事業構成比から見ると、太陽電池分野はあまり大きくないが、中国政府が昼間発電する電気を貯め込むために蓄電用LiBの利用拡大を促進し始めた。これにより、BYDはスマホ用や車載用の他に、今後は蓄電用バッテリーでも市場拡大が見込める。BYDは新エネ車のみならず、LiBや太陽電池、パワー半導体などの新エネルギー系の電子デバイスでも自社供給体制を強化していく方針だ。

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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