電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第495回

2023年の電子回路業界の動きを探る


基板も「脱・中国」が加速

2023/3/17

 我が世の春を謳歌していた高性能パッケージ基板市場に急ブレーキがかかっている。最終需要のPCやサーバー市場が落ち込んでいるためだ。一方、スマートフォン市場も世界的な景気低迷を受け、消費が落ち込んでおり、23年は前年比横ばいもしくは微減が有力視されている。このためFPC市場も精彩を欠く展開が予想される。車載基板は、半導体などの電子部品不足が長引けば挽回生産もままならず、不透明感が漂う。

 一見、悪いことしか出てこないが、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントラスフォーメーション(GX)の進展で、エレクトロニクス産業への期待は高い。いつでも市場拡大に即応できるように設備投資や技術開発で準備を整えておくことが大事だ。また、米中対立を背景とした基板を巡るサプライチェーンの混乱リスクを避けるため、中国以外に生産拠点を構築する動きも目立ってきている。23年以降、こうした動きに拍車がかかりそうだ。

 新型コロナ禍での巣ごもり需要の反動に加え、世界景気の低迷とも重なりスマホやPCなどの最終市場が冷えきっている。23年のスマホ市場は力強い回復とはいかず、12億4000万台前後(22年は12億7000万台)にとどまる見通しだ。5G端末の生産台数も限定されており、本格普及期とはいかない。インテルは、23年のクライアントPCの出荷台数について言及しており、前年同様に10%弱のマイナス成長が継続して2.7億~2.9億台に落ち着く見通しだ。リモートワークの浸透などコロナ禍の特需で大いに盛り上がったPC市場だが、今後は3億台前後で大きな成長は見込めないとした。

 当面安泰とみられていた高性能なロジック向けパッケージ基板市場だが、PC販売の減速が直撃、足元では急速に市場が悪化している。25、6年にかけて年率2桁近い成長が見込まれていたが、23年は成長鈍化に追い込まれそうだ。比較的堅調とみられていたサーバー向けの高性能CPUの出荷にも急ブレーキがかかっているためだ。

 実際、インテルの22年通期の売上高は前年比16%減の631億ドルとなった。22年10~12月期でみると売上高は前年同期比32%減の140億ドルにとどまった。PC部門のみならず、DC向けが在庫調整の影響で大きく減少、業績悪化に拍車をかけた。23年1~3月期売上高も同2割前後のマイナス成長を余儀なくされる見通しで、底打ち感がみられない。一方のAMDだがPC用CPU事業は振るわなかったもののDC用途では増収を果たし、インテルとは対照的な動きを見せている。特にハイエンドのDC向けでは市場シェアを拡大していると言われ、インテルを追い上げる。

 このCPU2強のインテルならびにAMDの業績の明暗が物議を醸しており、今後パッケージ基板業界への影響が注目されている。インテル系に強い日系勢と非インテル系の台湾勢などが対峙しているからだ。2強による今後の事業戦略次第では、インテルによりかかってきた日本陣営の足場が危うくなるだろう。一刻も早く、顧客層のバランスを上手くとることが重要になる。

 5Gなどの高速伝送ニーズやIoT社会の到来を控え、大容量データ通信需要は今後とも拡大が見込まれる。そこに昨年末ごろから騒がれている「ChatGPT」という対話型の人工知能(AI)が普及すれば、さらに高性能な半導体需要を創出すると期待されている。早晩、HPC向けチップ需要も立ち上がるとみておいたほうが良い。

 イビデンや新光電気工業に続き、AT&Sも現在、マレーシアにおいて大型のパッケージ基板の新工場整備に着手している。足元の業績悪化について、AT&S社のCEOであるAndreas Gerstenmayer氏は、「今後の市況を注視しながら短期的なコスト対策などを進めるが、長期的な戦略には影響しない」とはっきり明言している。日系勢を含め、有力半導体パッケージ基板メーカー各社は、市況回復のタイミングで遅滞なく供給責任を果たす構えだ。次の需要拡大期に備え、安定的に製品が送り出せるよう対策を継続しておくことが大事になる。

車載基板の回復は早くて夏場以降

 車載基板市場も本格受注回復とはいかない。昨年来、国内市場は半導体など部品不足に悩まされており、トヨタなど大手自動車メーカーらは減産を余儀なくされている。足元では徐々に部品不足の影響が緩和されてきていると言われているが、まだまだ一部のアナログ製品など重要なデバイスの品不足は継続する。国内の大手車載基板メーカーの見立てでは、「23年夏ごろまで継続するのではないか」と慎重な構えを見せている。

 さらに心配なのが世界景気の動向だ。ハイテク製品を巡る米中の分断や、ウクライナなど地政学リスクの高まりが複合要因となって、世界経済の回復は厳しいだろう。クルマなどの耐久消費財が伸びるためには消費マインドの改善が重要だ。世の中が不景気だと車は売れない。

 しかし、脱炭素化社会を目指すためには車の電動化は避けられない。EV化の流れは保守本流となり、22年は約1000万台が販売された。23年は1400万~1500万台へとさらに拡大する見通しだ。自動運転を見据えたADAS(先進運転支援システム)といった技術革新も継続しており、これらが車載基板の需要を牽引するだろう。EVやHVなどのエコカーの基板消費量は、一般的にガソリン車に使用される基板の面積の2倍に相当する1m²(1台あたり)ともいわれており、25年ごろまでの年平均成長率は業界平均で4~6%増と、安定した市場が期待できるからだ。

 この分野で継続して事業を拡大していくためには、日系メーカーにとってはまず日系以外の顧客層の拡大を図る必要がある。また車載基板も種類が豊富なため、高放熱厚銅基板やパワーモジュール向けの窒化ケイ素(SiN)基板など特殊な領域の市場を攻めるのも手だろう。汎用部材を使ったボディー系や情報系基板ではライバル企業も多く、早晩、値段の叩き合いが目に見えている。日本勢の体力では投資負担が危惧される。

 個人的にはパワーモジュールの絶縁回路基板市場が面白いとみている。現状は東芝マテリアルやデンカ、プロテリアル(旧日立金属)など日系勢が旺盛な投資を展開し、シェアでダントツの力を誇る。従来はアルミナ基板や窒化アルミなどのセラミックス基板が採用されていたが、EV用途では耐圧に強く、振動や高熱などの過酷な環境下でも十分信頼性が高いとみられるSiN基板に注目が集まっている。この分野ではSiNの材料もデンカなどが圧倒的なシェアを占有しており、今後とも日本勢の力が十分発揮できるだろう。

 さらには、金属ベース基板市場も熱い。絶縁性能や高放熱性を両立した高機能樹脂開発がポイントになってくるが、この領域の投資も現在盛り上がっている。車載向けのほかドローンなどのバッテリー&モーター駆動のシステムに搭載が進んでいる。

 同市場でトップシェアを占めるニッパツに勢いがある。総額100億円を投じてマレーシアや国内(駒ケ根工場)で積極的に能力の拡大を実施中だ。同社はもともと、車載向けの高信頼性向けの製品作りに定評があり、現在は車載向けが75%にのぼる。高輝度LEDなどを搭載するヘッドライト向けのほかDC/DCコンバーター向け、パワーステアリングの駆動回路など、高放熱対策が要求される部位に幅広く需要が拡大している。特にDC/DCコンバーター向けでは16年から市場投入、業界で先陣を切った。

 パワーモジュールの世界で、信頼性が最も厳しいとされるインバーター回路向けにも切り込もうとしている。高放熱性に優れ、耐圧を確保できれば、低コストを武器にSiN基板を代替する戦略だ。優れた特性を持つ樹脂を開発中で、今後数年先には実現したい考えだ。

 こうした世界では材料開発から市場を押さえる必要が出てくる。単なる加工屋に留まるだけでは付加価値の取り込みは厳しい。国内の基板業界が生き残るためには、この材料から市場を押さえることも勝敗を決める一手になる。

基板メーカーも「脱・中国」

中国企業もタイでの生産に乗り出す
中国企業もタイでの生産に乗り出す
 「米中激突」の構図は基板業界にも影響を与えている。これまでのエレクトロニクス製品の「世界の工場」として君臨してきた中国から、タイやマレーシアなどのASEANでの基板工場建設案件が相次ぐ。地政学上のリスクの高まりから、いつ何時中国で製造した基板が輸出できなくなるリスクもある。自動車や産業機器などの主要顧客らの要請を受けた基板メーカーを中心に、中国での投資を控える動きが出ている。

 従来、中国大陸での基板投資に注力していた台湾系企業。なかでも、トライポッド、WUS、キンサス、南亜PCBなど大手メーカーらはASEANでの投資を加速する構えだ。場合によっては既存の中国工場から生産ラインを移管、中国生産比率を引き下げる動きもあると、業界関係者は指摘する。

 基板の「脱・中国」の動きは、特に欧米系企業が早かった。米TTMは、顧客要請を受けてマレーシア・ペナンでプリント基板の新工場を整備中だ。投資額は1.3億ドルを見込む。23年半ばには製造設備が導入され、パイロット生産は23年後半から、本格量産は24年から開始する。

 マレーシア新工場は、中国以外での基板供給網の強化を図る目的がある。新工場では、ネットワーキング通信、データセンター向けコンピューティング、医療、産業、計測機器向けなどの高多層・高機能な基板を製造する。

 オーストリアの大手基板メーカーであるAT&Sもマレーシア新工場(ケダ州クリム・ハイテクパーク)を立ち上げ中だ。関連投資額は26年度までに17億ユーロにのぼり、約6000人の従業員を採用する。商業ラインの稼働は24年度を見込む。主なアプリケーションは、高機能PCやデータセンター、ゲーム機器、5G、自動車、AI向けの高性能プロセッサー用半導体パッケージ基板を見込む。同社は現在、中国・重慶で最新のパッケージ基板の量産を行っている。インフラや人的資源の集中する中国での追加投資が有力とみられていたが、新たな生産拠点としてマレーシアを選択した。

 さらに、車載用プリント基板大手でドイツのシュバイツァー・エレクトロニクスは、中国・金壇に拠点を置く子会社のSchweizer Electronic (Jiangsu) Co.,Ltd.(SEC)の株式の約57%を台湾のWUSグループに売却する。WUSは現在、SECの約13%の株式を保有しており、手続きが完了するとSECの株式の約70%を保有することになる。シュバイツァーは今後、欧州と北米に焦点を当てたモビリティー市場に注力するため、中国事業から徐々に撤退を図る。本社のあるシュランベルクの生産拠点に注力し、欧州でのサプライチェーンの安全性を高める動きを加速する狙いだ。

 中国の基板メーカーも海外の生産拠点の拡充に動く。ASKPCBは、タイ・アユタヤに新工場を建設、車載などの基板を量産する。関連投資額は1億5000万ドルにのぼる。中国以外の生産拠点としては初めての工場となる。

 台湾有事といった地政学上のリスクの高まりが、いわゆる「チャイナリスク」を増大させている。車や産業機器など最終製品市場で、サプライチェーン寸断を回避するための動きは今後とも加速するだろう。それでも中国市場は大きな存在だけに、中国顧客には中国内での生産活動で対応し、今後の能力拡張は中国外で行うという流れになりそうだ。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 野村和広

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