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第499回

医療DX推進で医療・福祉向上と巨大産業創出


統合/オープン型プラットフォーム構築を

2023/4/14

 日本では、超高齢社会と人口減少に直面するなか、国民の健康寿命の延伸を図るとともに、社会保障制度を将来にわたって持続可能なものとし、将来世代が安心して暮らしていけるようにしていくことが、今後の我が国の継続的な発展のために不可欠だ。

 その解決策として「医療DX」の推進が掲げられ、2022年10月、政府に総理を本部長とし関係閣僚により構成される「医療DX推進本部」が設置された。23年3月8日に開催された第2回会議において、「医療DXの推進に関する工程表骨子案」について議論が行われ、国を挙げて医療DX推進がスタートした。

医療DX推進で5つの恩恵

 そこでは、医療DXに関する施策を推進することにより、①国民のさらなる健康増進(誕生から現在までの生涯にわたる保健医療データをPHR(Personal Health Record)として自分自身で一元的に把握可能となり、個人の健康増進に寄与する)、②切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供(本人の同意を前提として、全国の医療機関がセキュリティーを確保しながら必要な診療情報を共有することにより、切れ目なくより質の高い医療などの効率的な提供が可能となる。さらに、災害や次の感染症危機を含め、全国いつどの医療機関などにかかっても、必要な医療情報が共有されることとなる)、③医療機関等の業務効率化(システムコスト低減、医療機関等のデジタル化の促進、業務効率化の進展、また、次の感染症危機において、医療現場における情報入力の負担軽減など)、④人材の有効活用(診療報酬改定に関する作業が効率化されることにより、医療情報システムに関与する人材の有効活用や費用低減、さらに医療保険制度全体の運営コストの削減が可能)、⑤医療情報の二次利用の環境整備(民間事業者との連携も図りつつ、保健医療データの二次利用により、創薬、治験などの医薬産業やヘルスケア産業の振興に資することが可能となり、結果として、国民の健康寿命の延伸に貢献する)の実現を目指すとしている。

24年秋、健康保険証をマイナンバーカードに統一

 具体的な施策および到達点として、①マイナンバーカードと健康保険証の一体化を加速させ、マイナンバーカード1枚で保険医療機関・薬局を受診することにより、患者本人の健康・医療に関するデータに基づいた、より適切な医療を受けることが可能となるなど、マイナンバーカードを健康保険証として利用するオンライン資格確認は、医療DXの基盤であり、24年秋の健康保険証の廃止を目指す。また、②全国医療情報プラットフォームの構築(共有可能な医療情報の範囲の拡大、電子カルテ情報の標準化、全国の医療機関・薬局において、電子カルテ情報の一部の共有、閲覧を可能とする(仮称)電子カルテ情報共有サービスの構築)、③標準型電子カルテの提供により、医療機関のシステムを抜本的にモダンシステム化していく、④医療DXの実施主体(既存の組織に機能を追加することを念頭に、組織のあり方や人員体制等について速やかに検討し、必要な措置を講ずる)としている。

京大が医療DX教育研究センター設立、自治体はDX支援

遠隔診療など医療DXが加速
遠隔診療など医療DXが加速
 こうした動きに呼応して、全国の自治体などにおいても、医療DXの取り組みを促進しつつある。北海道は、23年度も遠隔医療(遠隔相談、遠隔画像診断、遠隔病理診断)に用いるICT機器の導入支援を続けている。宮城県では、22年度に「子育て・医療・福祉」や教育、防災・防犯、1次産業、観光・経済商工などの各分野におけるアイデアや取り組みを募集し、「過疎エリア遠隔診療システム」(産科や小児科が少ない医療過疎地域で健診・健診のデジタル化や周産期医療の遠隔診療の普及を促進させ、出生率上昇へつなげる)、「リモート病院面会」ネドコさん(病院で面会できないおばあちゃんと会話をするために、temiというロボットで院内誘導システムを導入してビデオ通話で面会することを考案)などが優秀賞に選ばれた。

 東京都は、23年度も補助金を確保し、200床未満の病院を開設する者に対し、電子カルテシステムの整備支援および電子カルテシステムの運用に伴う事務作業支援を行う。

 愛知県では、22年12月にあいちデジタルヘルスプロジェクトに関する愛知県と国立長寿医療研究センター及び民間事業者との連携協定を締結した。

 デジタル技術を活用して、県民の健康寿命延伸と生活の質(QOL/クオリティオブライフ)向上に貢献する各種サービス・ソリューションの創出を目指す「あいちデジタルヘルスプロジェクト」の立ち上げについて、国立長寿医療研究センター、民間事業者4社(中部電力(株)、名古屋鉄道(株)、ソフトバンク(株)、東京海上日動火災保険(株))、愛知県とで基本合意に至り、連携協定を締結した。

 今回の協定をもとに、医療・介護に関する研究開発の加速や、県民の健康寿命の延伸、高齢者の地域居住の支援などの取組を実施し、誰もが安心して、元気に暮らせる愛知づくりを進めるとしており、23年度内にプロジェクトの全体像を取りまとめるとともに、推進組織として、産学官からなる「あいちデジタルヘルスコンソーシアム」を立ち上げ、具体化を目指す。

 京都大学医学研究科では、3月24日に「医療DX教育研究センター」を設立した。同センターでは、京都大学がこれまで培った医療データサイエンスなどにかかる経験やコンテンツを活かし、法学研究科と国際高等教育院とも共ヘルスケアソフトウェアやSaMDの社会実装を行い、DXを実現する人材の育成活動を23年度より本格的に実施するとしている。

 大阪府では、府が指定するモデル地域において、病院や医師会などが中心となって二次医療圏単位でのネットワークを構築・運営管理するための運営組織を設置するとともに、システムの要件定義などの整備を行うことを目的に「地域医療機関ネットワーク構築に向けた支援業務」を実施するとして、企画提案公募により事業者を募集し、4月中に選定する。この事業で得た運営組織の設置などのノウハウを他の二次医療圏へ展開し、府全体において、二次医療圏単位で原則一つのネットワークの構築を促進するとしている。

 兵庫県では、22年度に地域における患者情報共有システム拡充事業の事業者を募集した。これは、患者情報共有システムにより、患者情報を提供しようとする医療機関などに対するサーバーなどの購入費、導入作業費、患者情報共有システムへの情報出力するためのサーバーと電子カルテ接続に必要な経費を補助するものである。

日本の医療データ利活用は5~10年遅れ

 こうした中、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社、武田薬品工業(株)、(株)インテグリティ・ヘルスケア、日本アイ・ビー・エム(株)ほか有志一同によるリポート「ヘルスケアの民主化・高度化に向けた医療データ利活用の提言」が4月に公表された。

 提言では、米国や英国、さらには北欧のフィンランドやデンマークなどでは、医療データ利活用を国家戦略として捉え、強力なリーダーシップの下で推進しており、日本の5~10年先を進んでいる。日本において医療データの利活用が進まない理由として、①一般消費者が、自身の医療データを提供することに大きな価値を感じていない、あるいは情報保護の観点から懸念を感じている、②特に従来の小規模なクリニックでは、医療データ生成基盤である電子カルテの導入が進んでいない、③法整備は進んでいるものの、医療データの二次利用には未だ法的ハードルが存在する、④医療データの規格がバラバラであり、データの統合・分析がしにくい、⑤ヘルスケアサービスのプロバイダーが、“顧客価値(社会的意義)の最大化”よりも“個々の利益追求”を重視していることを挙げている。

 これらの課題に対し、解決策として、統合/オープン型プラットフォームの構築(データの一次利用・二次利用を念頭に、自治体・生活者といった様々なステークホルダーから提供されたデータを一元管理するプラットフォームを構築)、データ循環型エコシステムの形成と持続可能性の追求(データを用いた価値あるサービスを消費者に還元することで、サービス利用/データ提供のインセンティブを生み、さらなるデータの拡充やビジネス利益につながる好循環モデルを創出)、ルール形成による市場変革(消費者・患者のプライバシーに配慮した上で、次世代医療基盤法やAI医療機器審査等のデータ利活用のハードルとなる、制度を見直し、国全体で医療変革を起こすための基盤構築)を挙げている。
 また、データアクセシビリティの低さとともに、データサイエンティストの不足も挙げている。

KDDIと医用工学研究所、提携してデータ活用へ

 提言にあるように、患者情報の流出・秘匿性に固執するあまり、医療、介護、ヘルスケアにおけるクラウド情報がもたらす巨大なビジネスの創出機会を見逃してはいないか。個人情報を守りながら、情報の共有化・情報利用の新たな枠組みを構築することで、新たな医療機器、サービス、医薬品が誕生し、それを多くの人々が享受できる状況に移すパラダイムシフト、これこそ医療におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)といえるであろう。

 その1つの事例として、KDDIは4月6日、医用工学研究所(MEI)と資本業務提携を締結したと発表した。同提携により、MEIは同社の持分法適用会社となる。ヘルスケア・医療データの利活用の推進を目的としている。

 KDDIによると、少子高齢化が進むなか、医療従事者の減少や医療費の適正化といった課題から、医療データの利活用が注目されているという。なかでも、電子カルテデータは、レセプト(診療報酬明細書)データや健康診断データなどでは得られにくい治療結果に関する情報が含まれており、薬剤の効果測定や診療行為の分析精度の向上が期待されている。
 一方で、データは各医療機関内で管理されていることが多く、医療機関内ではデータ分析を行う人材の不足がビッグデータ活用への障壁となっているという。

 MEIは、04年に設立以来、電子カルテ・医事会計システム・各部門システムなど、病院内の各システムに分散したあらゆるデータを1つに集約させる医療用データウエアハウスシステム「CLISTA!」の提供を通じ、病院経営をサポートしてきた。

 MEIは、15年に郵送型血液検査サービスを提供。さらに、日々の健康管理からオンライン診療、オンライン服薬指導、薬局連携などの医療体験までスマートフォンアプリでトータルに提供する「auウェルネス」を20年に開始するなど、ヘルスケア・医療領域における事業開発を進めてきた。

 また、ARISE analytics(株主:KDDI85%、アクセンチュア15%)において350人を超えるデータサイエンティスト集団を有し、データアナリティクス領域に関するアセットの強化に取り組んでいる。

 今回の提携では、共同で医療データプラットフォームの構築に取り組む。23年度中に、MEIが医療機関のデジタル化をサポートする過程で得られた電子カルテ由来のデータ約400万人分を蓄積。KDDIグループの通信事業で培ったセキュアな環境構築および、AIなどの知見を活用した分析を実施するという。

 全国の大規模病院も多く含む電子カルテ由来のデータは、後期高齢者を含む全世代をカバーしている。これにより、製薬企業などに対して、例えば、がん・心疾患・脳血管疾患、生活習慣病などさまざまな疾患の薬剤効果測定および、マーケティング高度化、医薬品の研究開発に役立つ分析サービスなどの提供を目指す。

 さらには、同社の3000万人の顧客基盤を活用した個人のデータやauウェルネスを軸としたPHR(Personal Health Record)などを加え、日常生活から医療診療データまでを網羅。高度な分析力をもつARISE analyticsとともに、分析基盤の拡張につなげる方針。

 これにより、既往歴を持った退院患者の再発リスクの予兆発見や再発予防、重症化予防のためのサービス提供など、データに基づく新たな体験価値の創出に共同で取り組んでいくとしている。
電子デバイス産業新聞 編集委員 倉知良次

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