電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第504回

ナトリウムイオン電池、量産化の波広がる


LiB大手のCATLやBYDが参入

2023/5/26

 次世代蓄電池の1つとして期待されるナトリウムイオン電池(NaiB)。これまでにも中国市場における低速電気自動車(EV)に搭載されるなど、量産化は進んでいた。一方、リチウムイオン電池(LiB)最大手のCATLや、LiB・EV大手のBYDが近く量産化をスタートすることが明らかとなったことから一気に注目が集まっている。ニッケル、リチウムといったレアメタル高騰によりLiB価格が上昇傾向にある中、確実に追い風が吹いている。


低コスト化と急速充電性能が強み

 NaiBは、正極材にナトリウム酸化物やプルシアンブルーなど、負極材に炭素材料(ハードカーボンやソフトカーボン)、金属Na、電解質に有機電解液や水系電解液、固体電解質などを採用する。充放電メカニズムはLiBと同様で、ナトリウムイオンが正極と負極を行き来するインターカレーション反応により電子を運ぶことで充放電を繰り返す。

 NaiBの最大の長所は低コスト化と急速充電性能。低コスト化の理由はナトリウムの豊富な資源量だ。地殻中の元素としては6番目に多く、世界中に分布するほか、海水にも豊富に存在する。これにより、材料コストをLiBの10分の1程度に抑えられると言われる。加えて、既存のLiB製造プロセス(塗工法)をそのまま転用できる点も大きい。一部、新規投資が必要になるものの、最小限に抑えられる。

 一方、急速充電においては一般的なLiBの1Cレートに対し、NaiBは5Cレート以上に対応する。例えば、CATLの開発品は15分で80%充電できる。なお、Cレートは充放電速度を示す。1Cは1時間、2Cは30分、3Cは20分で充電(放電)でき、Cレートが高いほど充放電速度が速くなる。

課題はエネルギー密度や安全性など

 一方で、NaiBの最大の課題が低いエネルギー密度。そもそもナトリウムはリチウムより原子量が3倍程度大きいため、エネルギー密度を上げるのは困難だ。現状、車載などに使われる高性能LiB(量産品)は280Wh/kg(重量エネルギー密度)程度で、近く300Wh/kgを超えるとみられている。これに対し、NaiBは200Wh/kgにも達していない。

 加えて、原子量が大きいため重量が重く、かつ体積も大きくなる。従って、基本的に携帯機器やドローンには向かないと言われる。一方、重量・体積の制約が比較的少ないエネルギー貯蔵システム(ESS)、無停電電源装置(UPS)、EV(主に低速EV)などは有力とされる。さらに、LiB同様に安全性も懸念される。特に金属Naは空気中の酸素と反応すると発火する恐れがあると言われる。

中国の低速EV市場で普及

 現状、中国、欧米、日本などのメーカーがNaiBを開発しているが、量産化という点では中国勢が最も進んでいる。最大のマーケットは中国の低速EVだ。低速EVとは時速60km以下で、免許不要で運転できる車両。郊外や都市部で人気が高く、中国における販売台数は年間100万台以上に達するという。従来は鉛蓄電池が搭載されてきたが、これをNaiBに代替することで航続距離が延びるほか、車両も軽量化できる。

 低速EV以外でも電動自転車、電動バイク、電動三輪車、それに家庭・産業用ESSなどにも採用されている。中国メーカーではHiNa Battery Technology、Li-FUN Technology、Guanzhou Great Power、Natrium Energy、Sunwoda Electronicなどが参入しており、これらは量産中または今年から量産化する予定だ。HiNaは中国勢では最も早い、20年から量産を開始した。同社のNaiBセルは電圧2.8~3.5V、重量エネルギー密度100~150Wh/kg、サイクル回数4500回以上、温度範囲マイナス40~80℃に対応。また、5Cレートにより、先述のCATL品同様に15分で80%の充電が可能だ。

 Li-FUNは、22年4月からNaiBの第1世代品の生産を開始。エネルギー密度は140Wh/kgで、5Cレートにより15分で80%の充電が可能だ。容量維持率は88%で、安全性に優れ、低コスト化にも対応するとしている。今年4月からは性能を高めた第2世代品の生産も開始している。

CATL・BYD、乗用EVに搭載

 一方で、LiBの最大マーケットである一般的な乗用EVに搭載する動きも出てきた。CATLは今年4月、中国自動車メーカーChery Automobile(奇瑞汽車)のEVに採用されたと発表。EVの車種や発売日、エネルギー密度などは不明だが、LiBとのハイブリッドとみられている。なお、CATLはエネルギー密度160Wh/kgの第1世代品を開発済みだが、同200Wh/kg以上の第2世代品の開発も進めている。

 BYDはNiBを搭載した、自社製乗用EV「海鴎(Seagull)」を23年中に発売する予定だ。同じくLiBとのハイブリッドとみられる。また、新興LiBメーカーのFarasis EnergyがJiangling Motors(江西江鈴集団新能源汽車)の乗用EV「EV3」に採用が決まっており、23年中に量産化する予定。

欧米・日本勢も製品化

Tiamat Energyの円筒型NaiBセル
Tiamat Energyの円筒型NaiBセル
 中国勢以外では英国のFaradion、フランスのTiamat Energy、米国のNatron Energy、日本の日本電気硝子などが開発を進めている。TiamatはフランスのRS2E networkに所属する大学・研究機関からスピンアウトするかたちで設立。フランス国立科学研究センター(CNRS)、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)、コレージュ・ド・フランスなどの大学・研究機関、それにルノーを含む15社以上の産業パートナーが事業参画している。Tiamatは25年までにNaiBをEVなどに搭載していく考えで、30年までに年産6GWhの生産体制を目指す。

 日本電気硝子は正極、負極、固体電解質をすべて結晶化ガラスとした「オール結晶化ガラス酸化物全固体NaiB」を開発。部材間に良好なイオン伝導パスを形成し、優れた蓄電池性能を発揮する。また、固体電解質はイオン移動による劣化が小さいためサイクル特性にも優れる。同社はエアモビリティ、宅配ロボット、災害救助用ドローン、ESSなどをターゲットに、20年代半ばごろの実用化を目指している。

蓄電池の潮流となるか

 中国メーカーがいち早くNaiB量産に乗り出したが、その理由の1つはLiBに使われるリチウムの調達が難しくなるという中国ならではの事情もある。中国はリチウム生産大国だが、品質が悪いため8割は輸入に頼っている。今後、米中貿易戦争のような外国の経済政策により規制される恐れがある中、資源量が豊富なナトリウムは調達リスクが低い。

 NaiBは、中国メーカーを中心に普及拡大していくが、欧米・日本メーカーなども追従していくとみられる。一方で、エネルギー密度が低いという課題を如何にカバーしていくかが本格的な普及拡大のカギとなる。当然、安全性の確保も重要なポイントとなる。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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