電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第506回

自動車業界で「スピード」というゲームチェンジ


「内製」「パートナーシップ」がキーワードに

2023/6/9

 コロナ禍による国内外の行き来制限も解禁となり、ここ数年、パソコン画面を通じてしかお目にかかれなかった海外大手ティア1メーカーや大手半導体メーカーのCEO、オートモーティブ関連を率いるリーダー格の方々がこぞって来日し、我々メディアと関わる機会を提供してくださるケースが増えてきた。また、国内取材活動においても直接現地に出向き、訪問取材を通じた雑談交じりの取材活動が再び戻ってきた。自身のここ数カ月の取材活動では車載関連案件も多かったわけであるが、その中で共通のキーワードとして印象に残っている言葉は「パートナーシップ」「内製」である。このキーワードが語りかけるメッセージを、各社との雑談、発言などから考察した際、見えてくるのは「スピード」だ。

開発スピードの加速が顕著

 半導体メーカーや電子部品メーカーのこれまでの取材を通じた情報では、xEV(電気自動車)で新興EV勢や中国EV勢が登場する前の自動車業界では、自動車の開発期間は3~4年間というのが一般的と認識していた。しかし、米テスラや中国のBYD、上汽通用五菱汽車などの新興EVメーカーの台頭は、こうした常識を一変させた。大手ティア1企業からは「中国のスピードについていくには2年おきくらいに新世代品を投入しないと間に合わない。これでも遅いくらい」、「米国では1年半での先行開発は常になっている。以前に比べて開発スピードは劇的に早くなっている」、電子部品メーカーからは「中国のEV向けには1年くらいでの製品開発が求められるから、中国現地に設計者を派遣して一緒に開発にあたらないと、とても間に合わない」といった声があがり、海外で新興EVメーカーと関わるティア1企業、半導体メーカー、電子部品メーカーは、そのスピード感の変化を肌で感じ、待ったなしの対応に迅速に舵を切っている。

 この開発スピードが加速する背景には、新興EVメーカーを筆頭に、自動車メーカーの一部を含め、EV車両全体のデザイン設計、機能を含めた開発コンセプトをEVメーカーおよび自動車メーカー自身が大枠を描き、それを実現するためのSoCは自社開発、もしくはどこと組むのが適切か、という開発のコアとなる部分への直接関与を強めている傾向があると推測する。少し角度はずれるかもしれないが、一例として、カーナビゲーションシステムなどを手がけていた開発者と雑談した際、かつてはティア1企業がどんな製品にするのかなどの開発コンセプトから考えて、実際の製品に仕上げていく流れだったが、今はEV全体の開発コンセプトが各車種に存在し、それを実現するための製品を自動車メーカー、ティア1企業、半導体メーカー、電子部品メーカー皆が風通しよくスピード感を持って作り上げていく流れが主になってきていると語ってくださったのが印象的だった。しかも長期的パートナーシップに基づくものであるという。

中国BYDなどEV新興勢参入で開発スピード加速
中国BYDなどEV新興勢参入で開発スピード加速
 最近、欧州ティア1関係者から聞かれた「OTA(Over the air)により1台のクルマのライフサイクルが場合によっては20年となる可能性」を示唆する発言とリンクすると感じた。中には、「今のEV業界で起こっている変化は、かつてのパソコン業界で起こったビジネス構造の変化と似ている」と語る電子デバイス関連の関係者もいる。

TIは直販体制、内製力強化へ舵を切る

 さて、こうした状況下、半導体大手メーカーのテキサス・インスツルメンツ(TI)の日本法人、日本テキサス・インスツルメンツ合同会社を率いるサミュエル・ヴィーカリ社長の車載向け半導体に関する同社のメッセージをお聞きする機会があった。ここ数年、同社では「TI.com」などを通じた直販体制を強化し、顧客との直接のやりとりを重視しているという。「お客様が何を必要としているのかが直にわかる。それにより、お客様が真に必要とする支援、よりよいサービスを迅速に提供できる」と手応えを感じている様子がうかがえた。米国から来日したシニアバイスプレジデント マーケティング担当のキースC.オグボーニイーヤ氏も、自動車メーカー主体で自社開発するケースもあり、イノベーションのスピード、開発スピードが加速していると言及。どんなソフトウエアにもスケーラブルで対応する重要性が高まっていることにも触れた。半導体メーカーが直に自動車メーカーと共に開発を進めるケース、ティア1メーカーと直に開発から取り組むケースが増えている様子も感じられ、ここにも「スピード」への新たな潮流を実感した。

 また、このスピードへの対応は、22年に発生した半導体供給不足のような自動車生産遅延を引き起こす事態も許されない。TIは直販体制により顧客が必要としている製品を迅速に把握し、自社内製で生産工場を有してマネージすることで安定的な供給の確保につなげているようだ。すでに電子デバイス産業新聞本紙で報道済みだが、23年2月上旬に公表された中長期戦略で、内製化率を高め、安定的な製品供給を自社でコントロールできる体制をより確実にしていく方向性も示していた。たとえば、22年度段階で80%のウエハー内製率を30年には90%以上へ、300mmウエハー内製率も22年段階の40%から30年に80%以上へと高めていく計画を持つ。詳細は割愛するが、この実現に向けて、45~130nm世代の300mmウエハー製造工場計画がRFAB2(テキサス州リチャードソン)、LFAB/LFAB2(ユタ州リーハイ)、SM1~SM4(テキサス州シャーマン)で順次進行している。

大手ティア1メーカーも安定供給に向け半導体内製強化へ

 半導体の開発・製造まで内包する大手ティア1企業も、安定供給体制へ強化策を遂行中だ。直近では国内大手ティア1メーカーのデンソーも、半導体ファウンドリー大手の台湾UMCの日本拠点であるUSJC三重工場で23年5月上旬から300mmウエハーでのIGBTパワー半導体の量産出荷を開始した。当初の月産1600枚から25年に月産1万枚へ高めていく計画だ。デンソーも内製半導体の売り上げ相当額を現状の4200億円から25年には5000億円へ高めていく目標を掲げており、安定供給に向けた内製化強化を進めている。

 同様にティア1大手の独ボッシュも、電動モビリティーの普及で急速に需要が高まっているSiCパワー半導体に関し、21年末からの独ロイトリンゲン工場での150mmラインにおける大量生産や将来的な同工場でのさらなる拡張など半導体事業を計画的に強化中だ。30年末にはSiCチップのグローバルポートフォリオを大幅に拡大することを見据えている。23年4月後半にはチップメーカーの米TSI(TSI Semiconductors)を買収し、そのローズビル拠点に15億ドル以上を投資して2026年からSiCベースのパワー半導体チップを200mmウエハーで生産する計画も表明するなど、EV化が進行する米国市場での地産地消による安定供給体制でも布石を打っている。

「パートナーシップ」という選択肢

 ただし、自社内製で半導体量産まで一貫で担えるティア1企業はそれほど多くはない。では、従来の常識では通用しないこの新常態に対し、どう対処するのか。その戦略の有力候補の1つが「パートナーシップ」なのだ。なお、この「パートナーシップ」にもいくつかの側面があるように感じる。1つは22年度に痛手となった半導体不足による安定供給リスクへの対策として、確実な調達を担保するためのパートナーシップ。もう1つは、自社で開発するよりもすでに必要とする技術・製品に秀でたメーカーとタッグを組んで上市スピードを重視するパートナーシップ。さらには、未来を見据え、異業種と手を組み、無から有を築き上げていくソリューション展開に打って出るパートナーシップなどである。

 確実な調達担保に向けたパートナーシップについては、電子デバイス産業新聞(2023年5月18号1面)で既報済みであり、そちらを参照されたい。その周辺事案として直近で目につくのは、インバーター向けSiCパワー半導体の調達への動きだ。xEVでは燃焼エンジンではなく、モーター駆動により電力とトルクを生み出して走行するため、現状でな400VDC動作が主流となっているが、今後は800VDCへと高耐圧化していく傾向が見えている。そのため、インバーター向けにはスイッチングスピードが速く、高温に秀でたSiCパワー半導体を志向する動きも比例して高まっていくとの見込みが優勢だ。ただし課題は、肝心のSiCパワー半導体の供給体制が追い付いていないことにある。

 そこで、各大手ティア1企業は、早くからSiCパワー半導体生産メーカーとパートナーシップを組み、共同開発、資本参加などを通じて安定調達に向けた策を講じてきているわけだが、さらにここ1~2年は複数購買を意識した、さらなるパートナーシップを締結するケースが相次いでいる。23年に入ってから電子デバイス産業新聞で報じた事案だけでも、独ZFと米ウルフスピード(旧クリー)が独ザールランドでの200mmウエハー製造工場共同整備に加えてR&Dセンターも整備する方向性を公表。さらにZFはSTマイクロエレクトロニクス(スイス)とSiC製品で複数年にわたる供給契約を締結した。中国の吉利汽車グループのEVブランド「ZEEKR(ジーカー)」が米オン・セミコンダクターとSiCパワー半導体で長期供給契約を締結。独メルセデス・ベンツはEVプラットフォームにウルフスピードのSiCパワーデバイスを組み込む選択をする動きもみられる。パワー半導体メーカーがSiCウエハーなど材料調達で複数調達を実現すべく新たなパートナーシップを結ぶ事案もあり、独インフィニオン テクノロジーズが日本のレゾナック・ホールディングスと複数年の供給契約を締結する動きも公表された。

 また、現状では具体的方向性は示されていないが、自社でSiCパワー半導体生産が可能なデンソーも、23年2月に行った電子デバイス産業新聞のインタビュー取材の中で「ミライズテクノロジーズで開発したSiCパワーデバイスを最初はデンソーの自社工場で製造することになるが、需要動向に合わせてパートナーとの連携も含めて柔軟に見極めていくことになるだろう。投入時期によっては、需要に対応しきれないこともあり得るため、内製化重視とはいえ、全量を自社生産ということはないだろう」と明言している。スピードへの対応にパートナーシップという選択肢が必要不可欠であることを象徴しているといえよう。ちなみに中国では、自動車メーカー自らパワー半導体生産に乗り出すケースも出てきている。たとえば、長城汽車(河北省保定市)は中国・無錫市でパワー半導体の組立・検査工場整備を計画し、今年に入り着工したケースも出てきているようだ。

得意分野を活かした「パートナーシップ」

 さて、2番目に挙げた自社で開発するよりもすでに必要とする技術・製品に秀でたメーカーとタッグを組んで上市スピードを重視するパートナーシップ。この一例として、ティア1大手の独コンチネンタル・オートモーティブが挙げられる。「自動運転は動きが早い。特にテクニカルイノベーションを起こすために、パートナーと一緒に開発していくことがポイント」とする同社は、あらゆる角度でパートナーシップを次々と締結、場合によっては子会社化するなど、積極姿勢をみせている。象徴的な事案だけでも、レベル3以降の自動走行へ向けて3D LiDARで米AEye社と、AIや低消費電力に長けたSoCでは米Ambarella社と、サイバーセキュリティー対策ではイスラエルのArgus Cyber Securityと、ソフトウエアでは独Elektrobitと、さらに直近では自動運転商用トラック輸送のシステムで米Aurora Innovationとも独占的パートナーシップ契約を締結している。同社に限らずすでに各ティア1メーカーで同様の動きが見られており、今後、さらにこうしたパートナーシップが加速することが予想される。

業界の垣根を超えたパートナーシップが進行(ZFジャパン、伊藤忠商事、パワーエックスの3社イベントによるパネルディスカッションの様子)
業界の垣根を超えたパートナーシップが進行
(ZFジャパン、伊藤忠商事、パワーエックスの
3社イベントによるパネルディスカッションの様子)
 3番目に挙げた未来を見据え、異業種と手を組み、無から有を築き上げていくソリューション展開に打って出るパートナーシップ。ここではすでに国内外であらゆる取り組みが進行中であるが、自身が直接関与した中での最新事例は、外資系ティア1大手の独ZFにあって日本法人のゼット・エフ・ジャパン(ZFジャパン)が日本発で主導権をとり、ZFジャパンがコンセプトを描く新モビリティーカーと、大手総合商社として再生エネルギー電力ソリューションを提供する伊藤忠商事、充電システム提供に長けたパワーエックスと連携する「物流脱炭素パートナーシップ」である。3社が出資・機能提供する車両・電池・関連サービス提供を行う「合弁新会社」設立を視野に入れて、新たな商用汎用EVプラットフォーム「Enerlity Platform」コンセプト、バッテリーを主軸に置いたエコシステム「Energy meets Mobility」などに挑み、業界の垣根を超えた新サービスソリューションを創出・提供する枠組みに挑戦しようとするものと感じた。

 このように、中国を筆頭に相次ぐ新興EVメーカーの参入で、自動車業界では従来の常識では考えられない開発スピードという現実が訪れ、ビジネスモデルやサプライチェーンも様変わりしている渦中にある。まさに100年に一度の大変革期と言っても過言ではなく、まだまだゲームチェンジの真っ只中にあり、最終的にどんな業界に様変わりしていくのか、そのゴールは現状ではみえない。ただし、この流れに自社に適した選択肢を早期に見出し、走りながら対応していく迅速さが求められていることも確かだ。答えがまだない、ということは現在の挑戦があらゆる未来を創出する可能性があるということでもある。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤 里美

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