電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第508回

基板メーカー、ASEAN進出を加速


サプライチェーンの強靭化が狙い

2023/6/23

 台湾や欧米の基板メーカーらが相次いでタイ、マレーシアなどASEAN進出を加速している。特に2022年以降、台湾勢を中心に欧米基板メーカーらの「ポスト中国」を見据えた動きが活発化している。

 米中の経済対立が深刻化しており、台湾有事やロシアのウクライナ侵攻などの世界的な地政学リスクの高まりにより、基板メーカーも強靭なサプライチェーン(供給網)の構築が急務となってきた。しかし課題も多い。現地では主要材料の銅張積層板(CCL)やレジストなどの部材に加え、基板の製造加工装置の供給メーカーが限定されているからだ。当面は既存工場からの輸出などで賄われることになろう。長年かけて蓄積してきた中国内のエコシステムにとって代わる国や地域がすぐに形成されるかというと、なかなか難しい面がある。

 エレクトロニクス製品を製造販売する企業各社は、半導体のみならずプリント配線板のサプライチェーンの混乱・途絶を警戒、最終顧客らの懸念にも配慮する形で、車載機器をはじめ産業機器、医療機器など優先順位の高いものから基板の「脱中国」化が進行している。米中対立の先鋭化や新型コロナのパンデミックを経て、中国内に集中している基板生産を見直す動きが顕著だ。

 エレクトロニクス産業における中国は、「世界の工場」との位置づけが2000年以降、急速に定着した。世界のメガEMS企業らがこぞって中国内にあらゆる電子機器の受託製造拠点を建設したり、日本の家電メーカーらも低コストや市場が魅力的として、こぞって中国進出を果たした。それゆえ、当時は日本国内の製造業の空洞化が真剣に叫ばれた時代があった。

 エレクトロニクス製品には必ず半導体や受動部品などを搭載した基板が必要になるが、基板は設計変更も常にあり、基本的に“地産地消”型の産業だ。このため、日本の基板メーカーも国内外セット企業の中国進出にあわせて現地に基板工場を2000年前後から稼働させた経緯がある。国内企業では日本シイエムケイをはじめ、メイコー、イビデンなどのリジッド基板をはじめ、日本メクトロンなどのFPC基板陣営も相次いで現地工場を立ち上げた。

 台湾企業も早くから中国大陸での基板製造に乗り出した。コンペックやユニマイクロンら老舗の台湾系企業は、家電やPC向けなどの大量供給先として実績を築いていった。ZDテック(アバリー)もアップルのスマートフォン「iPhone」の登場とともに一気に頭角を現し、FPCでは当時世界最大の日本メクトロンの市場を侵食していった。

脱中国、欧米勢が敏感に反応

 しかし時代は変わり、BCP(事業継続計画)の観点から基板メーカー各社は従来戦略を変更する事態となっている。特に先鋭化している米中のハイテク経済摩擦の余波で、すでに先端半導体産業を巡る事業環境は一変している。先端半導体の中国向け輸出規制を米国政府が主導して厳格化しており、事実上、両国の先端半導体を巡るビジネスは冷え込んでいる。ここに中国のコロナ対策を巡るサプライチェーンの大混乱も加わって、22年以降から基板業界においても、中国にセットや基板製造で過度に依存している状況のリスクが無視できなくなったのだ。

 特にAppleをはじめ大手スマートフォン/PCなどの最終企業らによる部品調達の見直しが始まっている。この流れは、自動車をはじめ産業、医療など、通信系を含めた社会インフラ機器を扱うシステムハウスの懸念も加わって、一気に中国外での基板製造を検討する動きが加速した。

 サプライチェーン安定化の動きに向けて動き出しが早かったのは欧米勢だ。オーストリアのAT&Sや米国のTTMテクノロジーズが矢継ぎ早に対応策を打ち出した。

 オーストリアの大手基板メーカーであるAT&Sは、マレーシアで新たに高性能半導体パッケージ基板の新工場を建設することを21年10月に公表した。このIC基板の主力拠点はそれまでは中国・重慶を中心に展開していたが、マレーシアでの新工場建設に切り替えたのだ。新工場は26年までの6年間で約17億ユーロを投じる大規模なもので、同社では過去最大の投資となる。

 新工場の主要顧客は、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けCPUなどを提供する大手半導体メーカーで、長期供給契約を締結したうえ進出を決断した。しかし、足元ではサーバー/PC用のパッケージ基板の需要が弱含んでおり、当初計画どおり稼働するかどうかは予断を許さない。市況を見ながら量産時期を探るとみられる。

 北米の大手基板メーカーのTTMテクノロジーズも、マレーシア・ペナンにプリント基板の生産拠点を新設すると22年3月に発表した。新工場建設の背景には、最終顧客側の意向が強く働いたようだ。サプライチェーンの強化と、低コスト地域での多層基板の安定調達の両立を図るため、マレーシアに進出を決めた。近年、同社は宇宙・防衛分野への事業に注力しており、中国・上海などでスマホ向けHDI基板の量産工場を運営していたが、20年に入って中国企業に売却した経緯がある。

 マレーシアの新工場は、ネットワーキング/テレコム、データセンターコンピューティング、医療、産業、計測機器などの産業機器市場のグローバル顧客に供給するという。投資は1億3000万ドルを見込み、22~25年の間で実施する。中国以外のアジアでの生産拠点新設によるサプライチェーンの強化に対して、同社はすでに、多くの顧客から長期的なコミットメントを受け取っていることを強調した。この背景には、中国以外でのエレクトロニクス製品などの部品供給網の安定化・BCP体制の強化を熱望している最終セット機器メーカーが、いかに多いのかを物語っている。

 車載用プリント基板大手でドイツのシュバイツァー・エレクトロニクスも動いた。中国ビジネスを縮小する一方、欧州や北米中心に安定した基板供給網の強靭化に事業の軸足を移す。

 同社は長らく台湾の基板メーカーであるWUSと、中国で事業展開を行ってきた。製造まで担っていた合弁企業「Schweizer Electronic (Jiangsu) Co, Ltd」(SEC)の今後の運営方針について、大きく見直しを行った。従来の過半を保持していた持ち株比率について、WUS側に大半を売却することで23年4月に最終合意した。これにより同社はSECの株式の2割程度の保有に留め、徐々に中国市場とは一定の距離を置く方針に転換した。従来戦略とは真逆の選択だ。

 今後、シュバイツァーはドイツのシュランベルク本社工場において車載用高周波基板や部品内蔵基板など、先端基板の安定生産を受け持ち、欧州や北米の顧客へのサプライチェーンの回復力を向上させるとした。

台湾勢がタイに進出ラッシュ、CCL企業も

 そして22年に入ってから、中国大陸で基板製造を集中させていた台湾勢の動きが加わったのだ。特にWUSグループをはじめ、トライポッド、ユニマイクロンらの大手基板メーカーのみならず材料メーカーらも加わった。パッケージ基板メーカーらも名乗り出るなど大きなトレンドとなっている。

 ファーウェイ・テクノロジー向けなどの主要基板サプライヤーとされるWUSは、欧米や中国以外の主要顧客向けに高密度多層板などの新工場をタイ・アユタヤに建設中だ。関連投資は2.8億ドルもの巨額投資となる。米中の経済衝突や中国からの調達難のリスクを回避する狙いだ。23年末には試験生産が見込まれている。

 今や台湾系企業の傘下に入ったElna PCB Malaysia Sdn Bhd(エルナーPCB)は、マレーシア・ペナンで新工場の建設に着手した。関連投資額(設備、プラント、機械含めて)は10億リンギットにのぼる。竣工は23年末を見込み、24年から本格生産を見込む。

 新工場の敷地は1万m²強にのぼる。自動車、サーバー、ネットワーキング、ラップトップ、デスクトップ、消費者向けPCなどに使用されるメーン基板を製造する。新工場が完成すれば、さらに1000人の雇用機会が創出される。エルナーPCBは、このプロジェクトが完了すると、現在の事業規模から5倍に拡大する。

 さらには中国ローカル企業のASEAN進出の動きも目立つ。AOSHIKANG TECHNOLOGY CO.,LTD(ASKPCB、中国広東省恵州市)は、タイ・アユタヤに新工場を建設する。車載などの基板を量産する。関連投資額は1億5000万ドルにのぼる。中国以外の生産拠点としては同社初めての工場となる。

 すでに約22万m²の用地を取得した。計画では2棟建設する。第1工場は23年春に着工、24年内にも稼働する。車載基板ならびに民生機器向けの多層板など量産する。

 中国のプリント基板メーカーである中京電子科技(チャイナ・イーグル・エレクトロニック、恵州市)は、タイに新しい生産拠点を整備する。投資額は最大で5億5000万元(約105億円)を計画。HDI基板や高密度多層基板を生産し、車載、IT、通信など幅広い分野に提供する見通し。

中国企業もタイでの生産に乗り出す
中国企業もタイでの生産に乗り出す
 このほか、中国でも大手基板メーカーのKINWONGもタイを中心に次期主力工場の建設を計画しているとされる。最近注力している車載基板など、欧州系の最終顧客からのサプライチェーンの安定化要求に応えるためとみられる。

部材・装置業界への恩恵はあるのか

 問題は、これだけの進出案件が一度に加速すると、現地の人材確保や材料・部材調達などにも影響が出てきそうな点だ。主要材料の1つであるCCL(銅張積層板)など台湾の材料メーカーもこぞってASEANへの進出を検討するものの、果たして24年前後から稼働する基板サプライヤーに安定供給できるかは不透明だ。中国内に張り巡らされた基板関連業界のサプライチェーンと比較すると、やはり物足りなさが目立つ。当面は、中国内もしくは台湾などからの供給と並行して現地需要に対応することになろう。

 今後新たに基板業界の集積地として注目されているタイやマレーシアなどASEAN地域が、中国並みのエコシステムを持つためには最低でも3~5年はかかるとみている。この間、CCLやレジストなどの部材メーカーらに加え、装置サプライヤーらのサービス体制の現地対応力が求められてこよう。これほど短期間にかつてない勢いで基板工場の新規立地が進むことはなかったため、予定どおり整備が行われるのか今後の動きを注視しておく必要がありそうだ。

 ある基板業界関係者は、「中国市場に進出している企業は、まず、中国が抱えている巨大市場にビジネスの照準を合わせている。中国市場で必要なもの、拡大するものに限り、中国の拠点で投資を行い、基板の供給体制を整えていくことになる」と明言する。「中国からグローバルの海外顧客向けに輸出したり、戦略部品になりえるものは、最初から中国以外で供給する体制が加速するだろう」ともコメントしている。

 また、一気に基板市場が拡大するわけではないことにも留意する必要がある。従来、中国から輸出していた基板製品をASEANから供給する体制に切り替えていくのが基本的な動きで、市場規模が単純に増加するわけではない。場合によっては既存の中国でのFPCやリジッド基板、車載基板などの一連の基板製造ラインをそのまま、ASEANでの新工場に移設する動きも加速するとみられる。よって、部材や装置企業への恩恵は、高性能な半導体パッケージ基板などの新規市場でない限り、かなり限定された分野ではないかとみられる。


電子デバイス産業新聞 特別編集委員 野村和広

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