電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第34回

キヤノンのMII買収が意味するもの


ナノインプリントに再びスポットライト?

2014/2/28

 2014年2月14日に、半導体用露光装置を手がけるキヤノンがナノインプリント装置メーカーの米モレキュラーインプリント(MII)を買収すると発表した。買収額は100億円以上と見られ、15年以降に半導体向けに量産機を投入するという。大手一般紙の紙面も賑わせたキヤノンの勝負は吉と出るのか。今回は半導体リソグラフィーを取り巻く環境を整理しながら、キヤノンのMII買収が意味するところを考えてみる。

先端プロセスでは後塵拝す

 キヤノンは長年、半導体露光装置を手がけており、1980~90年代はニコンと並び、半導体露光装置業界の一角を担っていた。しかし、近年はオランダのASMLの台頭もあり、シェアが急激に低下。先端プロセス向けではASMLやニコンの後塵を拝している。グラフは光源別の各社の市場シェアを示したものだが、ラフレイヤーと呼ばれる比較的プロセスノードが緩いところで用いられるi線露光装置ではトップシェアを握るものの、クリティカルレイヤーと呼ばれる先端プロセス向けのArF液浸ではASMLの独壇場という状況がここ数年続いている。


 半導体製造装置は、露光装置に限らず、先端プロセス向けになればなるほど収益性が高く、一方で成熟したプロセス向けの製造装置はどうしても収益性が悪化してしまう傾向にある。だからこそ、製造装置メーカーは自社の収益性確保のために、先端プロセス向けに鎬を削るのだが、キヤノンはi線でトップシェアではあるものの、収益性は決して良いといえない。同じことはニコンにも言え、同社はArF液浸など先端プロセス向けも手がけるものの、ASMLとのシェア差は開く一方で、開発費が重くのしかかっている。

 ただでさえ、業界2位の米アプライド マテリアルズと業界3位の東京エレクトロンが経営統合を発表するなど、製造装置業界は開発費の高騰、市場拡大が頭打ちになっていることを理由に大型再編が進んでおり、キヤノンやニコンなどの中堅メーカーにとっては、なおさら今後の事業運営について、抜本的な見直しを迫られている状況だ。

 キヤノンの半導体露光装置事業はここ数年、先端のArFなどからは距離を置き、i線やKrFを注力市場に定めるという選択と集中を進めてきた。身の丈に合った事業展開といえば聞こえが良いかもしれないが、i線やKrFで今後も事業を成立させていくのは、誰の目から見ても難しいはずだ。現に半導体・液晶露光装置が含まれるキヤノンの産業機器その他部門も13年業績は営業赤字に苦しんでいる。よって、今後も露光装置事業を今の規模で存続させていくには、先端プロセス向けに製品を投入していくことが求められている。

混沌とする次世代露光技術

 しかし、今から先端プロセス向けを目指すとなると相当ハードルが高い。現行の最先端とされるArF液浸の次の世代とされる技術がEUV(極紫外線)だからだ。EUVは波長13.5nmの超短波長を実現する技術で、ASMLが中心となって開発が進められている。しかし、EUVは開発費が巨額なことに加え、様々な技術課題が山積しており、ASMLといえども開発スケジュールが遅れに遅れている。

 最大の課題とされているのが光源の出力不足。現時点での平均出力も20W前後といわれ、時間あたりのウエハー処理枚数は5枚程度と、量産適用にはほど遠い状況だ。ASMLも光源メーカーのサイマーを傘下に収め、社運を賭けて開発に取り組むが、状況はそれほど好転していない。光源メーカーのウシオ電機もこれまで巨額を投じてEUV光源の開発を行っていたが、開発費の高騰やEUVの将来見通しが見えにくくなってきたことから、13年に事実上の撤退を決めた。

 EUVの本格導入が暗礁に乗り上げるなか、デバイス各社は既存のArF液浸に露光を2回行うDPT(Double Patterning)などの「足し算」を行うことで、当面の微細化を乗り切ろうとしている。ロジックデバイスは1XnmでもArF液浸+「足し算」でめどが立ちつつあるものの、DRAMの1Xnm世代はさらなる技術革新が必要との見方が多く、EUVや自己組織化技術を用いたDSA(Direct Self Assembly)の登場が待たれる状況だ。
 業界内でも「メモリーでの適用は難しい。可能性があるのはロジックのカッティングレイヤーなど限定的なところ」(フォトレジストメーカー)と言われるほど、EUVに対する期待感は低下している。

シンプルかつ低コストなナノインプリント

 こうしたなかで、キヤノンは開発費が巨額なEUVではなく、今回のMII買収を通じて、ナノインプリントという技術に半導体露光装置事業の将来を託したのは、業界紙という立場から見ると非常に興味深い。

 ナノインプリントとは、ナノオーダーのパターンを形成した型(モールドやテンプレート)を、樹脂を表面に塗った基板に押し付けることで、モールドに形成したパターンを基板に転写する技術。非常にシンプルな技術であるため、低コストかつ微細プロセスに対応するリソグラフィー技術として、2000年代初頭から半ばにかけて大きな注目を集めた。

 しかし、1枚1枚を転写するため量産性が低いことに加え、UV方式のナノインプリントでは離型特性が悪い、熱方式ではガラスが使えないといったモールドの材質選定に制約があるなど課題も多く、ナノインプリントに対する期待は次第にトーンダウンし、次世代リソグラフィーの候補から少しずつ外れてきていた。

 現在、ナノインプリントのアプリケーションとして立ち上がっているのが、携帯電話のカメラなどに用いるマイクロレンズアレイの形成などだ。今後はこれに加えて、LEDのPSS(Patterned Sapphire Substrate)への展開が期待されている。PSSはLEDの基板となるサファイア基板に凹凸などのパターンを設けることで、光取り出し効率を高めようとするもので、もともとはアライナーなどのフォトリソ装置で行われていたが、ナノオーダーでパターン形成を行う場合はナノインプリント装置が求められている。

あくまでも「半導体用途」

 ナノインプリントの半導体リソグラフィー用途への展開は厳しいのではという意見が大勢を占めるなか、キヤノンはMIIの買収をあくまでも半導体リソグラフィー用途への展開を目指したものだという。MIIとの共同開発を通じ、これまでの技術課題を克服したのか興味は尽きないところだが、あくまでも個人的見解として、おそらくキヤノンはEUVの対抗馬としてナノインプリントを位置づけている訳ではなく、「EUVやArF液浸ではなく、ナノインプリントが最も適している工程(アプリケーション)がある」という考えのもとで、MIIを買収したのだと思う。

 半導体リソグラフィーにとって、ナノインプリントの最大のメリットはその低コスト性だ。その最たる例がマスクコスト。光リソグラフィーではフォトマスクと呼ばれるウエハーに露光するための「原版」が必要となるのだが、微細になればなるほどフォトマスクは高額化しており、最先端の2Xnm世代のマスクセットは5億円前後にまで高騰している。

 しかし、ナノインプリントの場合は、モールド樹脂などを使って直接パターンを転写するため、フォトマスクは必要なく、リソグラフィーコストは安価に済む。しかし、量産性では現行のステッパー方式では時間あたり200枚以上のスループットを実現しているなかで、ナノインプリントがそれと同等レベルを発揮するのは至難の業だ。

 例えば、多品種少量のロジックデバイスなどではマスクコストを実質ゼロにできるため、ナノインプリントが適したリソグラフィー手法になるのだが、モールドを使うという特性上、単純パターンが向いているため、メモリーも適したデバイスといえる。しかし、メモリーは量産性が最も強く求められる条件であるため、ナノインプリントの現状のスループットでは量産工程で使えない。

 キヤノンの本当の狙いは今のところ明らかにされていないが、近い将来「これが狙いだったのか」と答えが出る日がそう遠くないことを願っている。

半導体産業新聞 編集部 記者 稲葉雅巳

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