一般財団法人未来医療推進機構(大阪市北区)は、未来医療の産業化拠点「Nakanoshima Qross」において、『Nakanoshima Qross Future Forum vol.1 ―手術支援ロボットの拓く未来医療―』を開催し、大腸がんロボット支援手術の世界的エキスパートである竹政伊知朗氏が『手術支援ロボットが拓く未来医療』と題した特別講演を行った。講演時間40分間という制約のもと、大腸がんのロボット支援手術を中心に膨大な資料とともに、ロボット支援手術の歴史、現状、将来展望について解説した。
竹政伊知朗氏は1993年3月大阪医科大学を卒業後、2002年3月大阪大学大学院医学系研究科博士課程を修了。同研究科消化器外科の講師、診療局長を経て、15年11月から札幌医科大学消化器・総合、乳腺・内分泌外科教授を務め、24年10月からは大阪国際メディカル&サイエンスセンター特別顧問に就任し、未来医療推進機構エキスパートサポーターも兼務している。日本内視鏡外科学会ロボット手術運営委員会委員長など、国内外40以上の学会において理事や委員長など要職を歴任している。竹政氏の手術は、「出血がほとんどなく、迅速で正確、そして何よりも"美しい"」と評され、国内外から数多くの外科医がその技術を学ぶために見学に訪れている。
講演の冒頭で、「がんの外科的治療においては、まずは根治性、安全性、機能温存、低侵襲性、整容性といった患者にとっての直接的な利益を最優先に考えるべきである」と強調。そのうえで、医療経済学、社会的背景、技術革新、持続可能性、そして治療費用など、広い視野からの検討も不可欠であると述べ、講演を開始した。
増える大腸がんに対するロボット支援手術
大腸がんに対する近代外科学は、開腹手術の確立によって始まり、すでに100年以上の歴史を持つ。その後、約30年前に腹腔鏡手術が開発され、日本にも速やかに導入された。これにより、開腹手術と腹腔鏡手術それぞれのメリット・デメリットが比較検討されるようになった。
腹腔鏡手術は、当初は主に低侵襲であることが注目されていたが、やがて手術クオリティーを反映する短期成績に加え、がん治療において極めて重要な長期成績においても、開腹手術を上回る成果が示されるようになった。厚労省が発表している統計によると、腹腔鏡手術の実施率は年々増加している。結腸がんでは14年(手術件数6万5958件)時点で53.8%だったものが、21年(同6万5549件)には73.9%に、直腸がんでは14年(同4万1225件)時点で54.8%から、21年(同3万4543件)には77.2%へと上昇している。
一方、ロボット支援手術は11年に日本に導入されたものの、当初は保険適用が認められず、17年までは直腸がんに対して年間200~300件の実施にとどまっていた。しかし、18年に直腸がんに対するロボット支援手術が保険収載されたことで、適応が急速に拡大。24年には、直腸がん対するロボット支援手術は年間1万2500例に達し、全体の約31%を占めるまでになった。さらに22年には結腸がんに対しても保険適用が拡大し、24年には年間8200例、全体の約9%にロボット支援手術が行われるようになった。
表に示されているとおり、結腸がん、直腸がんともにロボット支援手術の件数は顕著に増加しており、それに相対的に腹腔鏡手術は相対的に減少している。この傾向は、ロボット支援手術が腹腔鏡手術に徐々に置き換わりつつあることを示している。
ロボット支援手術の優れた成績、「何よりも外科医が使用を望む」
ロボット支援手術は、傷が小さく、痛みが少なく、合併症が少ない、回復が早い、輸血の必要性が低い、社会復帰が早いなど、数多くの短期成績における優れた利点が文献上でも繰り返し報告されている。一方で、大腸がんに対する手術では、短期成績に加えて長期成績の評価が不可欠である。しかし、最も重要な長期予後指標である5年生存率を評価するには、まだ十分な症例数と観察期間が得られていない。そのため、長期予後の代替指標(サロゲートマーカー)として、切除標本における全周切除マージン(CRM)が、欧米をはじめ世界的に広く用いられている。
このCRMを正確に評価するには、大腸切除標本の腸管は開かずに腸間膜ごとホルマリン固定し、環状標本を作製する必要がある。しかし、日本では腫瘍の形態学的評価を重視する病理診断の伝統があり、通常は腸間膜を先に切離し、腸管を長軸方向に開いて観察する手法がとられてきたため、CRMの評価が困難であった。
竹政氏は日本の外科医の手術技量は世界的に見ても極めて高いと確信していたが、従来の病理診断法ではその技術力を反映するCRMを報告できず、国際的な比較が難しかった。そこで竹政氏は、日本の病理学的伝統を尊重しつつ、CRM評価を可能にする独自の「半切開環状標本処理法(a semi-opened circular specimen processing method)」を開発した(2021 Asian J Endosc Surg)。
この方法では、腫瘍近傍の腸間膜のみを切離せずに固定する方法で、まずは自らが責任研究者となり、第I/Ⅱ相臨床試験でこの手法の妥当性を検証した(2022 Surg Today)。その後、腹腔鏡手術を受けた局所進行直腸がん患者のCRM陽性を評価することを目的に、多施設前向き臨床試験『局所進行直腸がんに対する腹腔鏡手術のCRM陽性とTMEの質の評価を調査する日本の多施設共同前向き研究:PRODUCT試験』を主導し、22年に腹腔鏡手術を受けた局所進行直腸がん患者のCRM陽性率が8.6%であることを初めて明らかにした(2022 Ann Gastroenterol Surg)。参考までに、各国の腹腔鏡手術のCMR陽性率は、豪州ALaCaRT:6.7%、米国ACOSOG Z6051:12.1%、欧州COLOR II:9.5%、韓国COREAN:2.9%と報告されており、術前治療の有無や症例背景の違いから単純比較はできないものの、日本の外科治療の高いクオリティが裏付けられた結果といえる。
次なる関心は、日本におけるロボット支援手術でのCRM陽性率が、腹腔鏡手術と比べてさらに優れているかどうかであった。竹政氏は再び研究責任者を務め、40例以上の直腸がんロボット支援手術の経験を有する熟練外科医を対象とした『進行直腸癌におけるロボット支援手術の実現可能性:多施設共同前向き第Ⅱ相試験:VITRUVIANO試験』を実施し、ロボット支援手術におけるCRM陽性率は4.6%と、腹腔鏡手術の8.6%よりも大幅に低いことを報告した(2024 BJS Open)。
この値は、欧州ROLLAR:5.1%、中国REAL:4.0%、韓国COLRAR:4.8%など海外のロボット支援手術CRM陽性率報告例と同様に低値であり、国際的にも優れた成績であることが示された。手術支援ロボットが導入されて10年余りが経過して、機器のアップデートや手術技術の蓄積が進んだことで、熟練外科医は、3次元高精細画像、多関節機能や高精度な操作性といったロボットの特性を最大限に活用できるようになり、従来よりも高い手術成績が得られるようになった。
このような優れた成績が、ロボット支援手術の急速な普及を後押ししているが、竹政氏はその背景として「何よりも、機器の可能性を理解している外科医が、自ら進んで使用を望んでいることが大きい」とその魅力を伝える。なお、24年4月現在、日本ではロボット支援手術による29の術式が保険収載されており、今後さらなる普及が期待されている。