ロボット支援手術の費用削減に向けた取り組み
竹政氏は、近年急増する低侵襲術式の1つであるロボット支援手術について、費用対効果の観点から複数の研究を紹介した。まず、Ritchie T J Geitenbeek氏らが報告した系統的レビュー『直腸癌患者における開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術、経肛門全直腸切除術の経済分析』(2023 PLOS One)では、直腸がん患者に対する開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術の総費用、手術費用、入院費用などの経済比較が行われた。
これによると、ロボット支援手術および腹腔鏡手術は開腹手術より総費用が高く、ロボット支援手術は特に手術費用が高額となる一方で、総入院費用は低くなる傾向が示された。さらにTertiary Referral Centerにおける臨床・経済分析『直腸がんに対するロボット支援手術と腹腔鏡手術の比較』(2024 J Clin Medicine)でも、ロボット支援手術は腹腔鏡手術と比較して重篤な術後合併症の発生頻度が低くなるものの、総入院費用と手術費用は高く、結果として病院側の利益が減少する可能性が指摘されている。
一方、Masako Mizoguchi氏らの論文『直腸癌に対するロボット支援手術と腹腔鏡下直腸手術の短期的結果の比較:日本のDPC(包括診療報酬)データベースを用いた傾向スコアマッチング分析』(2023 Ann Gastroenterol Surg)では、直腸がんに対する低位前方切除術(LAR)、高位前方切除術(HAR)、腹会陰式切除術(APR)におけるロボット支援手術と腹腔鏡手術の短期成績と費用が比較された。ロボット支援手術はすべての術式で手術時間は長くなるが、LARおよびAPRの入院日数は短縮し、特にLARでは総費用は低下することが示された。この結果は、十分に訓練された施設において実施されたロボット支援手術が、術後の回復の早期化と費用削減に寄与する可能性を示す興味深い知見といえる。
診療報酬制度と臨床研究による評価
直腸がん手術における診療報酬制度では、腹腔鏡下直腸切除・切断術に対し、高難度な超低位前方切除術では、低位前方切除術の点数に加算がされ、経肛門吻合を伴う切除術にはさらに加算がなされる。一方で、ロボット手術については、術式の難易度や経肛門吻合の有無にかかわらず低位前方切除術で一律に算定され、加算は行われていなかった。
この状況を踏まえ、竹政氏は22年に研究責任医師として『ロボット支援超低位前方切除術またはロボット支援経肛門吻合術による直腸切除術の手術結果:後ろ向きコホート研究:ROSEMARY試験』を実施し、ロボット支援による超低位前方切除術、括約筋間直腸切除術、経肛門アプローチの手術成績を収集した。前述の『直腸がん患者に対するロボット支援下腹腔鏡下低位前方切除術と従来の腹腔鏡下低位前方切除術の成績―日本におけるNCD(ナショナルクリニカルデータベース)の傾向マッチング分析』(BJS Open)との比較を通じて、開腹手術への移行率、術中輸血率、手術時間、失血量など全ての項目において、現在のロボット支援手術が優れた成績を示すことが明らかとなった。ROSEMARY試験の結果により、24年から直腸がんに対するロボット支援手術が腹腔鏡下手術と同様に、保険点数が5段階の加算評価対象となった。
ロボット支援手術の開発と今後の展望
続いて竹政氏は、手術支援ロボットの開発経緯と世界各国で新規参入、開発が続く主なメーカーを紹介した。手術支援ロボットには、1970年代に米国国防総省国防高等研究計画局(DARPA)と米国航空宇宙局(NASA)が遠隔操作をする機器を開発するなかで、最終的に手術デバイスとして発展した経緯がある。1990年代は「ZUES」を開発した米Computer Motion社と「da Vinci」を開発した米Intuitive Surgical社が利権をめぐって激しく競い合ったが、03年に米Computer Motion社は米Intuitive Surgical社に吸収合併され、米Intuitive Surgical社がほぼ独占企業となっていた。
その後20年が経過し、さまざまな特許が切れてくるのに伴い、各国の企業が非常にユニークなアイディアを反映させた手術支援ロボットの開発競争が激化している。竹政氏は、この状況を健全な医療市場を構築するためには必要な経過であると考えていると述べた。
手術支援ロボットの開発中心は米国と欧州だが、日本や中国、韓国などアジアからも多くの企業が参入している。日本では現在までに米Intuitive Surgical社の「da Vinci」をはじめとして6種類のロボットを薬事承認していており、最も多くの種類のロボットを使える国となっている。
手術支援ロボットによって高まる遠隔手術の実現可能性
医療偏在の解消や医療資源の均てん化を期待されている遠隔医療のうち、遠隔手術の先駆けとなったのが、01年9月に世界で初めて実施された完全遠隔手術である。フランス・ストラスブルグにいる68歳の胆石症患者に対し、大西洋をはさみ約6000km離れたアメリカ・ニューヨークから、外科医Jack Marescaux氏が米Computer Motion社の「ZEUS」を用いて胆嚢摘出術を遠隔操作し、手術は無事成功した。
この手術を可能にしたのは、新たな通信規格であるATM(Asynchronous Transfer Mode:非同期転送モード)である。手術中の平均伝送遅延は155ミリ秒(0.155秒)で、外科医が違和感なく操作できる限界とされる約330ミリ秒を下回った。この歴史的な手術は、1927年の大西洋単独横断飛行で知られるCharles Augustus Lindberghにちなんで「リンドバーグ手術」と名付けられ(2001 Nature)、遠隔医療の可能性を一気に広げた。しかしその後、通信コスト、セキュリティー、画像伝送遅延などの課題により、遠隔手術は長らく研究・開発段階にとどまっていた。
竹政氏は15年、大阪から札幌へ異動したことをきっかけに、北海道という広大な地域における医療提供の課題を肌で感じるようになった。赴任して間もないころ、道東の医療過疎地域で入院中の患者に札幌での治療を勧めたが、300kmもの距離を移動し、生活基盤を移すことが現実的ではないと患者に嘆かれたことが、遠隔手術指導に本格的に取り組む契機となった。
北海道は全国でも最も医療偏在が大きく、がん治療成績も全国平均を下回っている。当時、北海道にはまだ手術支援ロボットが導入されていなかったが、竹政氏は札幌での導入と手術成功を経て、次なるステップとして遠隔医療システムの構築に着手した。企業との共同開発により、低コストかつ極めて低遅延の画像伝送システムを実現。目標としていた伝送遅延150ミリ秒(Nature誌で報告された限界値330ミリ秒を基準)を大きく下回る30~40ミリ秒を達成し、人間の感覚ではほとんど認識できない水準に至った(2022 Surg Today)。竹政氏はこの画像伝送システムを用い、まずは北海道内の関連施設で繰り返し検証を実施した後、東京(約1100km)、大阪(約1650km)、福岡(約2000km)、沖縄(約3200km)など、全国各地の医療機関との間で、距離の影響を受けることなく遠隔手術指導を成功させたことを報告している(2023 Ann Gastroenterol Surg)。
竹政氏は続いて、国内で急増するロボット支援手術に対応するためのロボット外科医の育成について、国内の現状と今後の方針を説明した。消化器外科領域におけるロボット術者の認定制度では、18年の保険収載以降、受講者数は年々増加している。特に、22年に術者条件が緩和されたことで、23年は受講者数が7690人に達し、さらに24年にはライセンス取得の無償化が実施されたことにより、前年比で約2倍に達する勢いを見せている。
こうした術者認定希望者の急増に対応するため、ライセンス取得枠の大幅な拡充が行われた。また、従来の「TR-100プログラム」に加え、新たに「Equivalencyプログラム」の導入が25年より開始される予定であることが説明された。
医療現場に浸透するAIの可能性
最後に、竹政氏は、あらゆる分野でAIの活用が進む中で、外科医療分野における導入の現状と展望について説明した。Mckinsey Global Instituteの報告によれば、2030年までに単調な手作業や基本的な認識作業といった業務はAIが担うようになり、人間は、より高度な技術や知的・感性的な分野へと労働力をシフトしていくと予測されている。
医療分野における具体的な事例としては、乳がん診断に必須のマンモグラフィにおいて、AIによる画像診断が、読影専門医よりも速度・精度の両面で優れていることが示されている。また、消化器内視鏡では、すでにAIによる補助診断が一般の臨床現場で活用されており、診断やパターン認識の領域ではAIが着実に医療現場に浸透しつつある。竹政氏は現在、企業と連携して手術映像へのAI応用に関する研究を進めており、AIによって適切な剥離面や構造物を明瞭に可視化することで、手術の安全性を高めるとともに、外科医の教育にも応用可能なモデルの開発を目指している。これらの取り組みを紹介し、講演の締めくくりとした。
電子デバイス産業新聞 編集委員 倉知良次