電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
No.10

プランゼージャパン(株) プロダクションユニットマネジャー 下川敦氏に聞く(下)


世界の半導体企業と取引
材料から加工まで一貫 活発な海外との人材交流

2016/11/4

―― 生産工場(岩手県奥州市江刺区岩谷堂字松長根)の沿革は。
プランゼージャパン(株) プロダクションユニットマネジャー 下川敦氏に聞く(下)
 下川 当工場は1989年に設立された。実は、65年に設立された日本バックスメタル、74年に設立されたバックスプレシジョン、78年に設立された日本プランゼーが現在の日本法人の前身となっている。88年に日本バックスメタルと日本プランゼーがバックスプレシジョンに資本参加し、それを機に当工場が設立された。そして、その3社は2009年に合併し、現在のプランゼージャパンが誕生した。

―― 貴工場で製造しているイオン注入装置用部材の取引先は、やはり国内半導体メーカーが中心ですか。
 下川 東北地域を中心に国内の半導体メーカーの工場と直接取引しているが、一部米国やアジア向けの輸出品も手がけている。

―― オーストリアの本社工場との役割分担は。
 下川 オーストリアから高融点金属材料を持ってきて、日本で機械・板金加工を行っている。高融点金属は、加工しづらい材料であると同時に、脆いという特徴もあり、加工できるメーカーは限られるが、当社は材料から加工まで一貫して手がけられる点が大きな強みだ。

―― 奥州市の江刺中核工業団地に進出した理由は。
 下川 前身の3社の時代から地方に工場を持ちたいという構想があり、また当時の立地担当者はこの地域に土地勘があったと聞いている。そのうえで、行政からの手厚い優遇策、交通の便の良さ、立地環境の良さ、さらには人材を確保しやすい点などを勘案し、この地に進出を決めた。

―― 進出して良かったですか。
 下川 現在も良い人材に恵まれており、この地に進出して大変良かったと思っている。これまで不便さを感じたことは全くない。工業団地内の他企業との交流も活発に行われており、その点も大変満足している。
 当工場は、前回述べたようにプランゼーグループの中でも重要な役割を担っており、本社や他の海外拠点とのコミュニケーションも頻繁に行われているが、現在は私も含めて大部分が地元採用であり、みんな積極的に英語でのコミュニケーションに関わっている。

―― 海外との人材交流もあるのですか。
 下川 盛んに行われており、こちらから海外研修に人材を送り出すこともあれば、逆に海外工場から研修に来ることもある。

―― 東北人の粘り強さは実感されていますか。
 下川 東北の人は粘り強さだけを言われることが多いが、もともと真面目でポテンシャルは高く、優秀な人が多い。プランゼーハイパフォーマンスマテリアル(プランゼーHPM)の重要拠点にふさわしい成果を上げるには必要なことと考えている。本社のあるオーストリアも真面目で優秀な人が多く、奥州市と大変共通点がある。

―― 奥州市を中心とした岩手県南部地域は、国際リニアコライダー(ILC)の候補地として誘致に注力していますが、ILCへの期待は。
 下川 直接当社が関与するというよりも、装置メーカーと組んでのビジネスの可能性がある。また、立地が決まれば、この地域の国際化が促進され、異文化交流が盛んになることが期待できるだろう。

(聞き手・編集委員 甕秀樹)
(この稿終わり)
(本紙2016年10月27日12面 掲載)

サイト内検索