電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第61回

パナとシャープ、世界記録達成への道


乗用車がF-1を追い抜いた!

2014/9/5

 ある物質に光が当たると電気が発生する、いわゆる光起電力という現象はフランスのベクレルが200年以上前に発見したが、本格的な太陽電池の開発は、1954年にアメリカのベル研究所でpn接合型単結晶シリコン(Si)太陽電池が開発されたことから始まった。pn接合型結晶Si太陽電池では、p型とn型という2つの半導体を接合したものに光が当たると、キャリア(電子と正孔)が発生し、(内部電界により)電子はn型半導体に、正孔はp型半導体にそれぞれ移動する。これを電線でつなぐ(負荷をかける)と電流が流れる。

 太陽電池には、ウエハーベースの結晶Si太陽電池のほか、薄膜Siや化合物薄膜(III-V族、CdTe、CIGSなど)、有機系(色素増感、有機薄膜など)など様々な種類があるが、今でも主流は結晶Si太陽電池である。結晶Si太陽電池が太陽電池の主役であり続ける理由はいくつかあるが、原料となるSiが資源的に豊富で、しかも安全な材料であることが大きい。もう1つ重要な点は、結晶Si太陽電池の変換効率が高いことである。


 変換効率とは、太陽電池に入射する光のエネルギーに対し、どの程度発電(電気エネルギーに変換)できるかを示す数値だ。当然、この数値が高ければ、同じ光を受けた場合、より多くの電力を得ることができる。もちろん、入射した光を100%変換できれば理想的だが、現実には、光電変換を阻害する様々な要因(バンドギャップエネルギーに基づくSQ限界など)がある。従って、結晶Si太陽電池の場合、どんなに多く見積もっても、変換効率は30%弱が限界(理論変換効率)とされる。

 当初は、「砂からエネルギーが得られる」というだけで、大フィーバーした結晶Si太陽電池だが、年間30GW超の生産量に達した今でも、ひたすら変換効率との戦いが続いている。70年代後半にはラボレベルで13~14%で推移していた変換効率は、80年代後半にはついに20%を突破した。そして、99年に豪ニューサウスウェールズ大学(UNSW)がPERLセルで25%(4cm²)の世界記録を樹立した。

PERLセル(出典:UNSW)
PERLセル(出典:UNSW)
 PERLセルとは、passivated emitter and rear locally-diffusedの略で、高品質のp型FZ単結晶Siウエハーを使用し、セル表面には反射防止効果の高い逆ピラミッド構造のテクスチャーを形成しているのが大きな特徴だ。さらに、表面と裏面のパッシベーション膜(酸化膜)によるキャリア再結合の抑制、裏面ポイントコンタクト構造、といった特徴があるが、いかんせん、手作りのレーシングカーのようなものだから、とても量産できる技術ではなかった。「太陽電池のF-1」と呼ばれたのも、こうした理由からである。実際、PERLセルは結晶Si太陽電池の変換効率トップを15年にわたり死守してきた。が、2014年、ついにこの記録が破られる日が訪れた。それも日本勢の手で。

 PERLセルの記録を更新したのは、パナソニックとシャープの2社である。両社はいずれも、バックコンタクト構造(IBC)とヘテロ接合を組み合わせたHBCセルを採用し、パナソニックは25.6%、シャープは25.1%を達成し、揃って世界記録を塗り替えた。しかも、パナソニックはセル面積143cm²という実用サイズのセルで25%の壁を突破した。PERLセルが研究に特化した“F-1マシン”であるならば、パナソニックが開発したHBCセルは、セルサイズを見る限り、極めて“市販車”に近い。そして、その市販車が見事にF-1を追い抜いた。

半世紀を越える開発の歴史

 ここで、パナソニックとシャープの太陽電池開発の歴史を振り返ってみよう。現在、パナソニックが製造・販売する「HIT太陽電池」は、もともと々は11年に完全子会社化した三洋電機が開発した高性能太陽電池である。その三洋電機は、1975年から太陽電池の研究を開始し、当初はアモルファスシリコン(a-Si)の開発に取り組んだ。80年に電卓用電源として世界で初めて、民生・量産化を実現したが、その後、電力用戦略製品として選択したのが「HIT太陽電池」である。90年に開発し、97年から製品化した。

HIT太陽電池モジュール
HIT太陽電池モジュール
 「HIT太陽電池」は、Heterojunction with Intrinsic Thin-layer(真性半導体薄膜を用いたヘテロ接合)の略称で、n型単結晶Siの上下をn型a-Si層とp型a-Si層でヘテロ接合した構造となっている。単結晶Siとa-Si層の間に不純物を添加しないi型a-Si層を挿入することで、界面欠陥が少ないpn接合面の形成が可能となり、さらに接合界面における欠陥を埋めるため、一般的な結晶Si太陽電池に比べて高い変換効率を出すことができる。さらに、a-Siの「バンドギャップが大きいため電圧は高い」という特徴と、結晶Siの「感度領域が赤外まであるので電流値が大きい」という双方のメリットを兼ね備えているため、温度に対する性能の劣化も極めて少ない。

 変換効率も年々改善が進み、07年7月に22%だったセル効率(100cm²)は、09年5月には23%に改善し、さらに、12年には23.9%まで向上した。変換効率の改善とともにウエハーの薄型化にも力を入れており、09年9月には、セルの厚みが従来の半分以下(98μm)の極薄HIT太陽電池で変換効率22.8%を実現。そして、13年2月には、98μm厚のセルで効率24.7%を達成した。

 一方、シャープの太陽電池開発の歴史は古く、59年に太陽電池の研究に着手して以来、すでに半世紀以上にわたりソーラービジネスを展開している。まずは灯台用、次に人工衛星用、さらには電卓用の太陽電池の開発に取り組み、94年からは住宅用に本格参入した。そして、10年には、日本とイタリアで薄膜Si太陽電池の量産も開始(14年8月にイタリアでの製造撤退を発表)した。

Black Solarモジュール
Black Solarモジュール
 近年、Si系で注力しているのが、すべての電極を裏面に配置したIBC構造の「ブラックソーラー」である。ブラックソーラーは表面に2層のシリコン窒化膜、裏面にも2層の酸化膜をそれぞれ形成することでパッシベーション効果を高めているのが大きな特徴。また、セルの接続に配線方式を採用しており、100本以上の銅配線で電気を送るため、送電ロスが少ない。配線シート方式はセルにかかるストレスを大幅に低減できるため、薄いセルでも高い歩留まりで高品質モジュールを製造できる。11年度夏から本格的な量産を開始しており、現在のセル効率は22.1%である。

 ちなみに、シャープはSi系以外にも、様々な太陽電池技術の開発に取り組んでいる。宇宙用や集光型向けには、超高効率のIII-V族3接合太陽電池を開発。「転写法」で作製した3接合セル(InGaP/GaAs/InGaAs)は、13年4月に非集光で37.9%の変換効率を達成した。また、13年6月には、集光レンズを用いて302倍に集光することで、世界最高変換効率となる44.4%を実現した。さらに、有機系では色素増感太陽電池(DSC)の開発を進めている。富士フイルムと共同開発した新規Ru色素を用いたセル(1cm²)で世界最高となる11.9%を実現した。

再結合抑制が課題

 閑話休題。世界記録を更新したパナソニックとシャープのHBCセルは、IBC構造とヘテロ接合を組み合わせているという点では共通だ。ただ、パナソニックが「HIT太陽電池」で培ったヘテロ接合をベースにしているのに対し、シャープは「ブラックソーラー」で培ったIBC構造をベースにするなど、そのアプローチは異なる。

 パナソニックがHBCセルの開発に際し、最も重視したのは光学損失の改善である。同社はHIT太陽電池で24.7%の変換効率を達成したが、発電損失を解析した結果、光学損失が60~70%を占めていることを突き止めた。そして、光学損失を低減するセル構造として着目したのがIBC構造である。開発したHBCセルでは、a-Siへのパターニング工程とめっき法によるグリッド電極を組み合わせることで裏面電極を形成している。使用する基板はCZ法n型単結晶ウエハー(150μm厚)で、受光面側にSiNとパッシベーション層を形成している。IBC構造ではTCO膜が不要になるため、反射防止膜としてSiNを採用した。裏面はi-a-Si層を挟んで、p-a-Si層、n-a-Si層を成膜し、p-a-Si層、n-a-Si層の上に集電極を形成した。


 開発したHBCセルは、HIT太陽電池に対し、光学損失と抵抗損失は減少した。なかでも、光学損失は従来比で77%低減することができた。一方、再結合損失は増加した。開放電圧(Voc)と曲線因子(FF)は悪化したが、光学損失の改善で短絡電流密度(Jsc)が大幅に向上(39.5mA/cm²→41.8mA/cm²)したことから、変換効率25.6%を実現した。VocとFFの改善にはパッシベーションの改善による再結合損失の低減が不可欠だが、HIT太陽電池のVoc(0.75V)とFF(83.2%)、さらにHBCのJsc(41.8mA)を組み合わせることで、計算上では変換効率26.1%が狙える、とパナソニックでは考えている。

 シャープは、NEDOの「革新的太陽光発電技術研究開発」の一環として、IBC構造とヘテロ接合を組み合わせた次世代ブラックソーラーの開発に取り組んでいる。IBC構造では、光学損失(電極によるシャドーロス)低減による高Jsc、ヘテロ接合では、パッシベーション効果による高Vocが期待できるが、この2つを融合して25%超の効率を実現することをHBCセル開発のコンセプトに掲げた。

 HBCセル作製の手順は以下のとおりだ。アルカリエッチングで受光面にテクスチャー構造を形成したCZ法n型単結晶Si(150μm厚)の表面にa-Si層と反射防止膜をそれぞれ成膜し、裏面側には、i-a-Si層を挟んで、p-a-Siとn-a-Siをパターニングする。そして、その上に電極を形成する。a-Siの成膜(PECVD)前にウエハー表面のクリーニングを行い、さらに成膜後にも事後処理を行う。シャープがHBCセルの作製で特に重視したのが、結晶Si上にa-Siを形成するパターニング技術である。

 実際、同社はパターニングプロセスが光学的な特性に悪影響を与えていないことを詳細に検討した。検証の結果、パターニング後のキャリアライフタイムはパターニング前と同水準を維持しており、a-Siのパターニングによるセルの直列抵抗やシャント電流への悪影響が小さいことを確認した。14年春にセル変換効率24.7%(Jsc 41.8mA、Voc731mV、FF81.6)を達成したが、その後、さらに効率が改善し、19.3mm角(3.72cm²)のセルで25.1%を実現した。今後、a-Si層の成膜条件最適化によるキャリア再結合抑制で、Vocの改善および変換効率の向上を目指すという。

技術と事業は両立できるか

 近年、我が国は太陽電池の生産では相対的にシェアが低下しているが、太陽電池の技術開発では、今でも世界を牽引している。実際、日本勢は研究レベルにおいて、様々な太陽電池において変換効率世界記録を達成している。問題は、こうした技術優位性を事業に活かせるかどうかだ。


 ちなみに、06年における太陽電池生産トップ10ランキングには、首位のシャープ(434MW)に続き、京セラ(180MW)が3位、三洋電機(155MW)が5位、三菱電機(111MW)が6位に入るなど、上位を日本勢が独占していた。そして、シャープは00年~06年までの7年間、太陽電池の生産(セル)で世界トップに君臨してきた。時は流れて現在。13年のモジュール出荷トップ10を見ると、3GW超の出荷量を誇るYingli Green Energyを筆頭に、上位5社はすべて中国勢が占めている。

 セル&モジュールの生産競争では、中国&台湾勢に敵わないと見た日本メーカーは、その軸足をソリューションビジネスに移しつつある。海外の生産拠点も次々と姿を消した。パナソニックは、メキシコ、ハンガリーのモジュール工場を閉鎖し、米国でのウエハー生産からも撤退した。一方で、マレーシアにセル&モジュールの一貫生産工場(300MW)を建設し、13年8月から本格稼働を開始している。シャープも14年2月に英国Wrexhamのモジュール生産を停止し、最近では、イタリアでの薄膜Siの生産からも撤退することを発表している。

 価格下落で収益性が低下したセル&モジュールは、必要であれば外部調達で賄い、蓄電や制御系を含めたシステム全体で収益を確保する。セル&モジュールの生産を縮小しても、ソリューション事業で収益を確保できるのがパナソニックやシャープのような総合電機メーカーの強みである。事業部門の名称もエコソリューションやエネルギーソリューションに改め、太陽電池やソーラーといった表現は姿を消した。とは言っても、発電ソースとしての太陽電池を完全に放棄するのはまだ早い。依然として優位性を誇る世界最高レベルの技術力を産業に活かす道は、まだ残されているはずだ。

半導体産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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