ニッポン半導体の国家戦略カンパニーともいうべきRapidus(株)(ラピダス、東京都千代田区)に国内外の注目が集まっている。同社は2022年8月に設立され、出資会社はトヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行というそうそうたるメンバーであり、資本金は73億4600万円。世界最先端の2nm以下のロジック半導体のプロセス開発および北海道千歳市の用地100万m²に建設される大型ファンドリー工場の実現を目的としているのだ。SDGs時代に対応した超低消電力の次世代半導体を実現するという構えであり、先ごろ新工場の起工式も開催され、本格キック・オフの時を迎えた。取締役会長の東哲郎氏にラピダスの現在、そして未来を語ってもらった。
―― 東京・中野のご出身ですね。
東 東京学芸大学附属高校を出て、国際基督教大学(ICU)に進んだ。その後、近代日本経済史をテーマに東京都立大学の大学院で学んだが、思うところあって貿易商社である東京エレクトロンに職を得たのだ。1977年の入社であるが、当時のこの会社の従業員はたったの200人しかいなかった。
―― 東京エレクトロンを世界的なカンパニーにされましたね。
東 入社当時の売上高は200億円程度であったが、半導体産業のポテンシャルはすごいものがあると思っていた。それゆえに入社して5年くらいのころには、この会社は売上高2兆円まではいくと周囲に明言していた。半導体製造装置ビジネスのコアは、グローバリゼーションに対応すること、お客様のカスタマイズ要求に合わせ込む努力にあると思っている。実現はしなかったが、東京エレクトロンとアプライド マテリアルズの統合戦略はすべてその発想から出ていたのだ。
―― そのグローバリゼーションの考え方が新生Rapidusにも活かされていますね。
東 そのとおりだ。Rapidusを日の丸半導体カンパニーと呼ぶ人がいるが、それは狭量な考えだ。国際連携あってのニッポンなのであり、今回の新カンパニーは米国IBMと先端2nm以下の半導体の共同開発で戦略提携を締結し始まったものである。「GAA(Gate All Around)」という立体構造のトランジスタでナノシート構造を採用している。また、ベルギーの先端半導体技術研究機関「imec」とも協力覚書調印を行っている。このことでEUVリソグラフィー技術の開発にも道が開けている。こうしたことが、過去の日本の半導体の国家プロジェクトとは、大きく異なっていることを認識してほしい。
―― さて、北海道千歳市の新工場については。
東 国際連携を象徴するように、起工式には露光装置世界最大手の蘭ASMLや半導体装置大手の米アプライド マテリアルズおよびラムリサーチの幹部も参加してくれた。ラムリサーチCEOのTim Archer氏は、当社に向けて北海道で半導体装置のサポート拠点設置を検討するとコメントしている。imecも北海道や東京に新拠点を設ける計画だ。こうしたことを背景に、千歳および日本の各エリアには外資系の半導体装置メーカー、関連の部材メーカーが新たに進出してくることが増えると私は期待している。また、西村康稔経済産業大臣もこうした企業誘致に対し、政府も全面協力を惜しまないと言っていただいている。
―― IPOについては。
東 来年度以降も国から3000億円以上の継続支援をお願いしたい。将来的には株式上場、つまりはIPOや第三者割当増資による資金調達も十分に考えられるだろう。岸田文雄首相も「Rapidusは、我が国の半導体戦略の中核をなすプロジェクト」と位置づけておられる。期待に沿うように全力を挙げていきたい。
―― 新工場はまさに世界初の三位一体ですね。
東 設計開発支援棟、前工程棟、後工程棟を備えており、文字どおりの完全一貫生産という意味では世界初の事例となるだろう。これでスピーディーな立ち上げが可能となる。AIを駆使した生産方式、そしてすべてにわたってのローパワーの実現も重要なことだ。Rapidusの作る半導体はSDGs革命を意識したものであり、7nmチップ比で1.38倍のロジック性能向上を目標にしている。
―― 本格的な大型ファンドリーの出現になりますね。
東 世界の半導体の未来志向がファブレス、ファンドリー、OSATという国際分業型になっていくのに対し、我が国の半導体企業は従来型の重直統合にこだわり過ぎた感がある。これが世界における半導体シェアの大幅後退を招いたのだ。国内にも小規模のファンドリーは存在しているが、Rapidusという国内初の大型ファンドリーの登場はこれまでの歴史を変えることになると思っている。
―― 生産品目の方向性については。
東 日本の自動車産業は技術においても、生産シェアにおいても、まさに世界トップの水準にある。エコカー、自動運転、コネクテッドカーなどの推進に必要なものは何といっても専用の半導体なのだ。当然のことながら、Rapidusもこの世界最強のニッポン自動車産業の進展に貢献する半導体を多く作っていきたい。出資会社には、トヨタ自動車、デンソーなども加わっており、今後は自動車業界との連携を深めていく。そしてまた、生成AIに代表される人工知能向けの半導体も先端半導体が必要であり、ここもウオッチしていく。言い換えれば、現在の半導体の主要アプリであるスマートフォン、パソコン、液晶テレビなどの汎用かつ量産品は狙いではなく、あくまでも専用IC、つまりはASICに特化していき、少量多品種で世界最先行する大型ファンドリーへの道を切り開いていくのだ。
―― 後工程も重要になっています。
東 前工程の微細化だけでは乗り切れない時代になってきた。そのために、後工程でチップを3次元に重ねる3Dパッケージングが必要であり、Rapidusはここにも力を入れていく。半導体の先端パッケージング市場は、この数年間で何と13兆円の巨大市場を築くとも言われている。幸いにして、我が国には高性能半導体パッケージ基板に強いイビデンや新光電気工業などの世界的メーカーが存在する。こうした方々の力もお借りして、良いものを作っていきたい。
―― 様々な「夢」が広がりますね。
東 「夢」のかたちを掲示していくのが、私たち中高年の役割だと思っている。若者たちがニッポン半導体産業で働き、夢を実現するための目標感を与えることは、まさに中高年の責任なのである。幸いにして優秀なエンジニアも多くRapidusに参加してくれている。そして、千歳から石狩、苫小牧に至るまでの北海道エリアに半導体をコアとした近未来型のスマートシティが形成されることになれば、これに勝る幸せはないと思っている。
(聞き手・特別編集委員 泉谷渉)
本紙2023年10月5日号1面 掲載