電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第539回

第5のがん治療BNCTが進展


超小型中性子源に期待、海南島にも納入へ

2024/2/9

原子炉から病院敷地へ

 手術(外科治療)、抗がん剤などの薬物療法、放射線治療、免疫療法に続き、第5のがん治療として注目されるホウ素中性子捕捉療法BNCT(Boron Neutron Capture Therapy)。

 BNCTは、腫瘍細胞内にホウ素の同位体である「10B」を取り込ませ、外部からエネルギーの低い中性子を照射すると、10B原子核は中性子を捕獲し核分裂を起こし、放出されたα粒子(ヘリウム原子核)のα線とLi反跳核(リチウム原子核)が腫瘍細胞を殺すという原理である。これらの飛程距離は腫瘍細胞の1個分の大きさに匹敵する。このため、理論的には、正常な脳神経細胞などをほとんど傷つけることなく、腫瘍細胞のみを細胞レベルで選択的に破壊することが可能である。さらに、BNCTで発生するα線とLi反跳核は、X線やガンマ線に比べて生物学的効果が2~3倍程度高いとされている。

 この特徴を活かして、高精度放射線治療や粒子線治療では対応が困難である、脳の悪性膠腫や皮膚悪性黒色腫、放射線治療後の再発頭頸部がんといった腫瘍に対して、BNCTを適応することが可能となる。京都大学原子炉実験所(KUR)では、1990年から2012年までに、安定した中性子源である同研究所原子炉にて、医療機関と共同臨床研究として450件を超えるBNCTを実施した。

 京都大学は、住友重機械工業(株)とステラファーマ(株)(大阪市中央区)とともに開発を進め、08年には世界初となる加速器を中性子源としたBNCT照射システムを設置し、12年10月から再発悪性脳腫瘍を対象疾患とした、加速器BNCT照射システムとホウ素薬剤を用いての実施を開始した。コンパクトな加速器中性子源とBNCT照射システムの実現により、一般の医療施設でBNCTの実施が可能となる道が拓け、南東北病院、国立がん研究センターなどで施設整備が進んだ。

国内4カ所で治療・治験中

 国立がん研究センター(東京都中央区)は、(株)CICSと共同開発した加速器中性子捕捉治療装置「CICS-1」とステラファーマ(株)が開発したBNCT用ホウ素薬剤「SPM-011」を用いて、皮膚がんの一種である悪性黒色腫と血管肉腫を対象にBNCTの第I相臨床試験を19年11月に行い、22年11月から血管肉腫を対象とした第II相臨床試験を開始した。今後、装置の医薬品医療機器法(旧薬事法)承認に向けて臨床試験を進めていくと同時に、より優れた治療法となるように引き続き装置開発、臨床開発を行う。

 江戸川病院(東京都江戸川区)は、国立がん研究センターと同じ装置を導入し、23年から特定臨床研究として、「放射線治療後再発乳がんを対象としたBNCT」のパイロット試験を開始した。再発乳がんの適用は初めての試みとみられ、試験枠の5例のうちすでに4例を実施しており、残り1例実施へ調整を進めている。

 南東北BNCT研究センター(福島県郡山市)では、16年より再発悪性脳腫瘍および再発頭頸部がん/進行頭頸部がんに対して臨床試験(治験)を開始し、18年にすべての治験が終了した。その結果、BNCT治療装置とBNCT用ホウ素薬剤が20年3月に薬事承認され、頭頸部がんに対しては20年6月より保険適用された。現在、頭頸部がんに対しての保険診療のみを行っている。

 大阪医科薬科大学(大阪府高槻市)は、早くから京都大学複合原子力科学研究所と連携し原子炉を利用した臨床研究を重ね、治験においてもその実施機関となるなど、BNCTの実用化に向けた取組みを先導してきた。その後、同大学が基本構想の策定に着手し、18年3月に関西BNCT共同医療センター(高槻市)が竣工した。頭頸部癌の治療のほか、脳腫瘍において、悪性神経膠腫において治験を実施している。

ロームが超小型照射装置を寄付

 ローム(株)、京都府立医科大学、京都府立医科大学、福島SiC応用技研(株)(現商号:(株)J-BEAM)の4者は、16年11月にSiCデバイスを使用したホウ素中性子補足療法用治療機器(SiC-BNCT機器)の研究開発に取り組み、21年9月にロームは、京都府立医科大学ロームBNCTセンターに中性子照射装置の寄付を行い、引き渡しが完了した。

SiC加速器中性子源の試作機
SiC加速器中性子源の試作機
 京都府立医科大学では、22年度から、培養腫瘍細胞においてL-BPA取込を促進する条件の検討、L-BPA取込条件におけるBNCT効率の検討、L-BPA取込条件における細胞応答の精査などの共同研究を進めている。共同研究機関はJ-BEAM。

 先行して稼働した施設の装置は、中性子線の単門照射のみであり、治療範囲が体表面から7cm以内の表層部分に限られ、適用できる症例が限定されるが、ロームの半導体技術「SiC-MOSFET」を利用して開発したSiC(炭化シリコン)中性子源加速器は、機器を小型化することで10方向からの多門照射が可能となり、従来の装置では届かなかった部位、体表面から25cm程度まで治療対象を拡大できる。

 加速器の長さは、サイクロトロンおよび線形加速器の10分の1以下を実現。量はサイクロトロン80t、線形加速器20tに対し、頭頸部治療適用のものがわずか37kg、肝胆膵治療のものが48kgと大幅にサイズダウンする。また、中性子源強度も10分の1から30分の1以下程度で、かつ、中性子線、γ線を遮蔽する自己遮蔽体が標準装備されており、既存レントゲン室程度の遮蔽環境での設置が可能となる。

中部国際医療センターのBNCT照射室
中部国際医療センターのBNCT照射室
 この照射装置を中心とする治療システムの確立を見越し、中部国際医療センター(岐阜県美濃加茂市)では、放射線治療棟にBNCT装置を導入するBNCT照射室を確保している。


住友重機械、海南島医療特区に納入へ

 22年6月、中国生物科技服務控股有限公司および同社傘下の鵬博(海南)硼中子医療科技有限公司(Pengbo社)と、中国・海南博鰲(ボアオ)楽城国際医療旅遊先行区(「海南島医療特区」)へのBNCTの導入に向けて、住友重機械工業(株)はBNCT治療システム「NeuCure」、BNCT線量計算プログラム「NeuCureドーズエンジン」の導入に関する販売契約を、ステラファーマはBNCT用ホウ素医薬品「ステボロニン」の供給に関する基本契約を締結した。

 Pengbo社は、海南島医療特区において、医療機関関連業務従事ライセンスを取得し、指定医療機関(「BNCTセンター」)を設立する。すでにその建設予定地の土地の取得は終えており、BNCTセンターの建設およびBNCT治療システム「NeuCure」の設置完了後、25年度からBNCTの開始を計画している。


電子デバイス産業新聞 編集委員 倉知良次

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