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第553回

がん治療BNCTの最新状況


徳洲会が施設整備・海外では中国が複数施設

2024/5/24

強いBNCTのがん殺傷力

 BNCT(Boron Neutron Capture Therapy、ホウ素中性子捕捉療法)は、腫瘍細胞内にホウ素の同位体である「10B」を取り込ませたうえで、体外からエネルギーの低い中性子線を照射し、中性子を捕捉した10B原子核が核反応を起こし、いずれも粒子線である放出されたα粒子(ヘリウム原子核)のα線および7Li反跳核(リチウム原子核)が腫瘍細胞を殺すという原理である。α粒子とリチウム原子核の飛程は、腫瘍細胞の1個分に収まる各9μm、4~5μmであるため、正常な細胞をほとんど傷つけることなく、腫瘍細胞のみを細胞レベルで選択的に破壊することが可能である。

 さらに、BNCTで発生するα線とLi反跳核は、X線やガンマ(γ)線に比べて生物学的効果が2~3倍程度高いとされている。がん細胞のDNAのうち1本の鎖を切断するX線やγ線は、DNAが修正され、がんが再発する可能性があるが、α線はDNAの2本の鎖を切断するため、がん細胞はDNAを修復できずに死滅する。

 陽子線や重粒子線を使う通常の粒子線治療は、体外から粒子線を直接照射するのに対し、BNCTは、腫瘍細胞内でのみ照射する粒子線治療ともいえる。

日本が世界をリード

 1951年から米国でブルックヘブンの大型原子炉の中性子線を利用したBNCTの臨床治療研究が開始されたが、期待されるほどの成果が得られず、1961年にいったん終了した。その後、BNCTの研究、臨床試験の中心は日本に移った。

 東京大学脳神経外科で助手を務めていた畠中坦氏は、1964年から1967年にハーバード大学に留学。米国の研究者とともにホウ素薬剤BSHを共同開発し、帰国後の1968年、BSHを用いて脳腫瘍の治療に成功した。さらに、神戸大学の三嶋豊教授のグループは、開発した新たなホウ素薬剤BPAを活用し、1987年に世界初となる悪性黒色腫の治療に成功した。BPAは当初、悪性黒色腫用に開発されたが、その後、悪性脳腫瘍、頭頸部がん、肺がん、肝臓がんなどにも集積することがわかり、現在に至るまで臨床試験、保険診療での中心的な薬剤となっている。

 京都大学原子炉実験所(現京都大学複合原子力科学研究所)では、1990年から2019年度末まで、脳の悪性膠芽腫、皮膚悪性黒色腫、悪性神経膠腫、放射線治療後の再発頭頸部がんなどを対象に、延べ500件超の臨床BNCTを実施し、世界を大きくリードするとともに、2008年末には住友重機械工業とともに加速器による中性子線源の確保に成功し、今日の病院併設型のBNCTを実現した。

国内2施設で保険診療、2施設が臨床試験

 2020年6月1日から、小型加速器を用いる大阪医科薬科大学内・関西BNCT共同医療センターおよび総合南東北病院・南東北BNCT研究センターの2つの医療機関において、「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」に対するBNCTの世界初となる保険診療が開始された。また、同時に、ステラファーマ(株)(大阪市中央区)が製造販売する治療用のホウ素(B:ボロン)薬剤「ステボロニン(SPM-011)」も同じく世界で初めて保険承認された。なお、京都大学複合原子力科学研究所におけるBNCTの臨床研究(医療照射)の実施は20年3月末をもって終了した。

 関西BNCT共同医療センター(大阪市高槻市)では、20年度から治療を開始し、順調に治療件数を伸ばし、23年度は140件に達している。センター長の二瓶啓二氏は、治療費として「おおむね照射技術料238万5000円、ホウ素薬剤1パック約44万円×4パック、ほかに入院費などで構成され、このうち保険診療部分は1~3割負担となり、場合により高額療養費制度の適用が受けられる。また、経営的には23年度の年間140件の治療であれば医業収支はほぼ黒字となる」と説明する。

 現在は「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」がBNCTの保険診療対象であるが、現在の装置で中性子線が届くとされる7cmまでの初発がんも充分な治療効果があると思われる。ただし例えば初発の喉頭がんは、その9割が放射線治療により治療が可能といった、膨大な症例数を積み重ねた「標準治療」が存在しているため、当面のところはBNCTが得意とする再発がんをターゲットに実績を重ねる。見方を変えれば、放射線治療後に再発し放射線は根治的に再照射できない患者こそがBNCTの対象であり、BNCTにより根治を得た患者も多く存在しており、適用できる患者にとっては最後の砦としての治療法である。

 このほか、別の疾患の保険適用を目指し、「再発高悪性度髄膜腫」については、すでに臨床試験(治験)の症例登録が終了しており、経過観察を続けている。その後、保険適用の申請に向けてPMDA(医薬品医療機器総合機構)との相談を開始する予定である。通常、保険適用申請から最短でも2年間を要すると考えられる。

 なお、大阪医科薬科大学BNCT共同臨床研究所の小野公二所長は、京都大学原子炉実験所(現京都大学複合原子力科学研究所:KURRI)において、京都大学、大阪医科薬科大学、神戸大学、大阪大学、川崎医科大学の各グループなどと数多くの臨床研究を進め、世界のトップを走る日本のBNCTを確立したレジェンドの1人で、今なお、BNCTの進化・高度化のための研究と指導に取り組んでいる。

「再発頭頸部がんの患者の主治医は早期に相談を」

 その小野氏は、「関西BNCT共同医療センターは、23年度の治療実績140件に対し、約2倍の患者さんを受け入れることが可能であり、再発頭頸部がんの患者さんの主治医はBNCTを治療の選択肢に加えることを検討して下さい。BNCTはリピーター率が高く、評価を得ていると考えている。また、治療を求めて当センターを紹介される患者さんに治療を実施できるのは45%ほどです。頭頸部がんが再発した場合、可能な限り早期に相談して下さい」と呼びかけている。

 国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)は、19年11月から血管肉腫(血管の内皮細胞から発生するがん)および悪性黒色腫の臨床試験を開始し、23年1月から血管肉腫のみを対象とした第2相臨床試験を進めている。

 血管肉腫の臨床試験は、第2相が現在進行中だが、間もなく患者登録を完了し、近いうちに(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)の薬事申請を行う目標である。最も早ければ26年にも製造販売承認と保険収載を目指して準備を進めている。

国立がん研究センター中央病院の加速器と井垣浩氏
国立がん研究センター中央病院の
加速器と井垣浩氏
 同中央病院放射線治療科の井垣浩科長は、日本中性子捕捉療法学会の理事長を務めており、住友重機械工業製の大阪医科薬科大学内・関西BNCT共同医療センターおよび総合南東北病院・南東北BNCT研究センター、CICS製の国立がん研究センターおよび江戸川病院と装置が異なっているため、異なる装置間の中性子線が同等であると評価するための客観的な基準、ガイドラインを作成し、学会としてPMDAに提案しようとしている。この提案が承認されれば、該当する装置で保険収載を得られた疾患は、異なる装置でも治療が可能となり、より多くの患者を受け入れることができるようになる。また、日本でのBNCTの保険収載により、日本では保険診療による治療実績に加え、過去からの各種がん種の膨大な治験の蓄積を誇り、また、世界で唯一のホウ素薬剤の安定供給体制も備え、中性子線源の基準の作成にも取り組んでいる。「BNCTに関しての国際交流、海外への協力、技術支援、共同研究などを通じて、日本のBNCTの国際化を推進する」と抱負を語る。

 また、国立がん研究センター中央病院と同じシステムを導入した江戸川病院は、23年7月から24年3月に放射線治療後再発乳がんを対象としたBNCTパイロット試験5例を実施した。

筑波大は初発膠芽腫の治験、徳洲会が準備中

 さらに、筑波大学では、未だに治療法が確保できておらず、5年生存率が10%程度と極めて難治性の悪性脳腫瘍(膠芽腫)の医師主導治験を開始した。初発膠芽腫の患者が対象で、12~18人の患者に今回の第Ⅰ相治験(安全性試験)を行い、その後、第Ⅱ相治験(治療の有効性治験)を実施し、効果が認められれば、医療機器の承認を経て、保険診療へとつながると期待されている。

 徳洲会湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)は、21年4月にアメリカのNeutron Therapeutics社製のBNCT装置「nuBeam」を設置し、22年10月に陽子線ビームの調整をスタートしており、現在、臨床開始を目指して調整中である。同病院が臨床使用を開始すれば、国内6番目のBNCT施設となる。名古屋大学では、現時点で臨床を行う予定はないが,実用的な加速器ベース照射システムの研究・開発に取り組んでいる。

京大の再発頭頸部がんの成功が世界に衝撃

 BNCT共同臨床研究所の小野公二所長によれば、「世界のBNCT研究者に大きな衝撃を与えたのは、01年に世界初となる京都大学原子炉実験所の研究用原子炉における再発頭頸部がんのBNCTの成功であった。ドイツの学会での発表が進むにつれ、固唾をのむように聴衆の真剣みが増し『この療法を使いたい』という表情が浮かび、その聴衆の反応、インパクトの大きさに私自身が驚いた。それまで、BNCTは悪性脳腫瘍、悪性黒色腫のみが対象と思われていたが、その発表によりBNCTの可能性が拡大し、世界の研究爆発のきっかけとなった」と回想する。

 海外においては、ヘルシンキ大学では1999年から2011年にかけて、研究用原子炉を用いたBNCTを200例以上実施。そのうち臨床試験として約100人に治療を行った。原子炉の閉鎖によりいったん中断したが、加速器ベースのBNCTを導入し、治療を開始するもようである。ヘルシンキ大学では、ホウ素薬剤のボロンフェニルアラニン(BPA)を用いて、これまでに神経膠芽腫(こうがしゅ)の術後症例や、放射線治療後に再発した神経膠芽腫症例、放射線治療後の局所再発・手術不能の頭頚部(とうけいぶ)がん症例を対象に臨床試験を実施している。

中国が海南島や厦門市など複数準備

 中国では、海南島医療特区において、住友重機械工業のBNCT治療システムおよびステラファーマのステボロニンを導入したBNCTセンターの設立、25年度からのBNCTの開始を計画している。

 このほか、中国では、Xiamen Humanity Hospital(厦門市)において、21年8月5日にBNCT臨床センターが完成しているほか、複数個所で建設が進められている。

 スペインでは、グラナダ大学を中心とするグループがスペイン初となるBNCT研究を進めており、グラナダ大学の核物理学、生化学、分子生物学、免疫学の各学部やグラナダ大学病院のほか、グルノーブル(フランス)のラウエ・ランジュバン研究所、ジュネーブ(スイス)の欧州原子核研究センター(CERN)、セビリアの国立加速器センターやバルセロナの材料科学研究所などの国立機関と連携している。

BNCTの適用がん種拡大に期待

 放射線治療に対して耐性を示すがんもあるが、BNCTはがん細胞の二重のDNA鎖を断ち切ることから再発は起こらず、また、放射線治療後の再発がんには再度の放射線治療は難しいが、BNCTであれば照射が可能である。現在は、再発がんを中心に、筑波大学の膠芽腫のように初発でもほかに治療法がないがんが対象であるが、確実にホウ素薬剤ががんに集積し、有効な中性子線が届く深度であれば、確実にがんを殺傷できること、また手術が不要で、照射時間はわずか30~60分と負担は軽いことなどメリットは大きく、初発がんを含めた適用がん種の拡大に期待がかかる。また、世界のBNCT施設においても早期の臨床試験、治療開始が望まれる。


電子デバイス産業新聞 編集委員 倉知良次

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