今年、サーミスター大手の芝浦電子に対して台湾の大手電子部品メーカーであるヤゲオとミネベアミツミがそれぞれ株式公開買い付け(TOB)を実施し、争奪戦の様相を呈した。本稿執筆中の10月20日にヤゲオはTOB成立を発表し、芝浦電子のヤゲオグループ入りが確定した。だが本件は当事者となったヤゲオ、ミネベアミツミの戦略のみならず、日本の電子部品業界の今後に対しても示唆に富む。そこで本稿ではこの争奪戦を振り返るとともに、本件がもたらす影響について考えてみたい。
「同意なき買収」としてスタートしたTOB劇
 まず本件の経緯を振り返ってみよう。ヤゲオは2月に芝浦電子に対するTOBを公表したが、これがいわゆる「事前同意なき買収」であったことから芝浦電子は反発し、ホワイトナイト(友好的買収者)を模索した。これにミネベアミツミが手を差し伸べ、4月に芝浦電子のTOBを発表した。両社は共同で記者会見を開き、友好的なTOBであることが強調された。
 一方、ヤゲオはミネベアミツミの登場にも動じず、5月に買付価格の引き上げを発表。外為法の審査が長期化したこともあり、買付価格は最終的にヤゲオ6635円、ミネベアミツミ6200円となった。ミネベアミツミは8月に買付価格を6200円以上にしない方針を発表するとともに、台湾企業であるヤゲオが芝浦電子を買収することに対する懸念をにじませ、牽制した。しかし結局、ヤゲオが9月に外為法のクリアランスを取得したこと、ミネベアミツミが買収価格で競り合うつもりがない姿勢を堅持したことが決め手となり、ヤゲオに軍配が上がった。
トーキンの実績が不安の解消に影響か
 サーミスターは熱による電気抵抗の変化を検知する方式の温度センサーで、芝浦電子は世界トップシェアを持つ。その一方、サーミスター専業で24年度の売上高は340億円の規模であり、今後もグローバルで成長を続けるにはリソース不足は否めない。ヤゲオは自社グループに芝浦電子を加えることでシナジーを発揮し、さらなる成長を目指せると買収目的を説明している。
 日本での知名度はあまり高くないと思われるヤゲオだが、24年12月期に約410億ドルの売上高を記録し、チップ抵抗器とタンタルコンデンサーで世界1位、積層セラミックコンデンサーとインダクターで世界3位の地位を持つ世界的な大手電子部品メーカーだ。特徴として米KEMETや独Nexensos、米Pulse Electronicsなどの電子部品メーカーをグループ傘下に加え、グローバル展開していることが挙げられる。
 なかでも元NECグループだったトーキンの存在は特筆されるだろう。トーキンは17年にKEMETの子会社となったが、20年にそのKEMETがヤゲオの子会社になったことでヤゲオグループ入りした。だがトーキンとしての独立性は維持されており、ヤゲオとの共同開発や設備投資支援が行われている。ヤゲオもトーキンとの協業を事例として挙げ、芝浦電子にヤゲオグループ入りは決して技術や企業価値を損なわず、両社の発展につながるものであると呼びかけた。
 ヤゲオはTOBの実施を公表以来、芝浦電子との面談や相互の製造拠点訪問を実施して交流を進め、それに伴って芝浦電子側もTOBに対する態度を軟化させている。外為法の審査における詳細は公表されていないが、当事者である芝浦電子が拒否反応を示さなかったことや前述のトーキンの事例は当局の判断に影響したと考えられる。
積極M&Aで「槍」の強化を目指すミネベアミツミ
 芝浦電子のTOBは叶わなかったが、もう一方の当事者であるミネベアミツミも電子部品のM&Aについては注目すべき企業だ。同社は積極的なM&Aによる業容拡大で知られ、創業事業であるベアリングをはじめアナログ半導体、電子部品など幅広い製品群を擁する。近年ではオムロンのMEMS事業や日立グループのパワーデバイスメーカー、日立パワーデバイス(現ミネベアパワーデバイス)を買収したほか、営業利益200億円以上を見込める事業を「槍」と定義してその強化を図っている。槍事業の1つにセンサーがあり、芝浦電子はその中核を担えるとして強く期待していた。
 しかし、ミネベアミツミは割高なM&Aは行わないという大原則を掲げており、最終的に値上げを断念した6200円は第三者が算定した株価の上限に近い値だった。その点、さらに競り合うことも辞さないヤゲオにこれ以上の価格勝負を挑むのは難しかったと考えられる。ミネベアミツミとしては経済安保の観点から当局が横槍を入れるのが望ましい展開だったとみられるが、当局はヤゲオのTOBを承認したこともすでに述べたとおりだ。
 ただし、これでミネベアミツミのM&A戦略そのものが挫折したわけではもちろんない。ミネベアミツミは25年10月にツバキ・ナカシマからボールねじ事業を取得し、半導体製造装置など向けの機構部品を強化した。槍に位置づけるセンサーについても、引き続き事業拡大のためM&Aを模索していくとみられる。
 
           ミネベアミツミはセンサー事業の強化に強い意欲(同社IR資料より)
 
日系電子部品のM&Aへの影響は
 最後に本件がもたらす影響について考えてみたい。1つは電子部品業界におけるM&Aについてだ。本紙9月11日号で近年の電子部品業界におけるM&Aをまとめているが、実施件数で際立つのは積極的な買収姿勢で知られるニデックと、今回の一方の主役であるミネベアミツミだ。これに同じく大手電子部品メーカーである村田製作所や、ヤゲオが続く。
 ただ、今回争奪対象となった芝浦電子のように、電子部品業界には市場で高い地位を持ちながら比較的規模が小さい、ニッチトップ的な企業が多い。コンデンサーやコネクター、水晶デバイスなど各部品にほぼ特化した企業も複数存在している。今回、こうした企業のポテンシャルが改めて明るみとなったことで、電子部品業界でのM&Aの活発化は大いにあり得る。
 最近の動きとして注目したいのは、オムロンの電子部品事業だ。オムロンは、26年4月にスイッチやリレーを手がける電子部品事業の分社化を計画している。事業譲渡が前提とされているわけではないが、他社との協業や外部資源の活用といった可能性を検討していくとしている。オムロンはすでに車載電装品事業をニデックに、そして前述のとおり、ミネベアミツミにMEMS事業を譲渡した例がある。電子部品事業においても、有望なパートナーがいれば譲渡を検討する可能性は大きい。
「外資による日系トップメーカー買収」という問題
 もう1点は、外資系による日系電子部品メーカーの買収についてだ。JEITAによると電子部品の世界生産額に占める日本メーカーのシェアは約33%(23年末時点)であり、その存在感は大きい。そんななか、特定部品でトップシェアを持つ企業が外資系に買収されて
しまって良いのか、という懸念を抱く人は少なくないだろう。
 繰り返しになるが、本件では外資系であることを理由に当局が阻止する判断はなされなかった。「同意なき買収」は以前「敵対的買収」と呼ばれネガティブなイメージを持たれていたが、23年に経済産業省が「真摯な買収提案は前向きに検討すべき」との指針を定めるなど近年ではあくまで手段の1つという位置づけに変わっている。
 といっても、これは当局が「同意なき買収」を無条件に認めるという意味ではない。今年、芝浦電子の件と並行してニデックによる牧野フライス製作所へのTOBが注目を集めた。この事例も「同意なき買収」で、ニデックは前述の経産省指針を根拠に正当な買収手続きである旨を強調した。しかし、牧野フライス側が強い抵抗姿勢を示して買収防衛策を講じ、裁判所がその防衛策を正当なものと認めたことでニデックはTOBを断念した。
 この2例からうかがえるのは、当局は日系か外資系かを問わず、あくまで当事者間の関係においてTOBの認否を判断したということである。今回、ヤゲオが芝浦電子の信頼を獲得できたことが、当局の最終判断に影響したであろうことはすでに述べた。
 ただ、最初の問いである「外資系が日系トップメーカーを買収する行為の是非」は別の議論になる。自由市場主義のあり方からすれば、当事者間が合意しているM&Aを国の違いを理由に当局が阻害するのは望ましくない。だが、経済安保の観点から待ったをかけなければならないケースもあり得る。ではその基準はどこになるのか。簡単に結論が出る問題ではないが、今後も同様の事例が起きる可能性が高い以上、国や産業界で議論を深めて欲しい。
電子デバイス産業新聞 副編集長 中村 剛