日系最大手のティア1サプライヤーである(株)デンソー(愛知県刈谷市)は、2030年度に電動化関連で1.7兆円、ADAS関連で1兆円の売上目標を掲げている。半導体製品も材料から一貫生産の実力を有し、自動車用SoC技術研究組合(ASRA)でも中核的役割を担うほか、25年1月にはSoC開発部を新設するなど積極姿勢をみせる。将来を見据えた要素技術を率いる執行幹部 研究開発センター法務知財・広報渉外本部の松ヶ谷和沖氏に、開発の方向性などをお聞きした。
―― EVの減速や米国関税影響などでSiCパワー半導体苦戦との見方が強まっています。
松ヶ谷 引き続き注力分野であることは変わらない。ビジネスとしての投資タイミングを適切に見極めていくことに尽きる。その意味で、SiCパワー半導体関連の投資タイミングは慎重に判断していく。ただし、長期目線ではSiC、GaN、酸化ガリウム、ダイヤモンドなどパワー半導体は全網羅で開発を継続する。
―― 各OEMでSoC開発に取り組む事案も増えています。ASRAとの兼ね合いは。
松ヶ谷 ASRAでは車載用チップレットの標準を作ることがゴールとなる。当然、複数チップ間の通信用共通言語を作ることも含まれる。この成果を各社が用いて、車載用のハイクオリティーなSoCを各社各様に創出し、性能・機能で差別化に動くのは当然である。ASRAには自動車関連企業14社が加盟しており、様々な考え方をすり合わせながら標準化を進めている。25年2月には先端SoCチップレット研究開発に関し、ステージゲート審査を通過した。この標準化活動では日本が先行しており、欧米が追従する現状にある。
―― SoCの要素技術開発での難しさは。
松ヶ谷 異業種パートナーや新たなソフトウエア(SW)に柔軟に対処するメカニズムづくりに加え、タイムラグという課題がある。生成AIの登場により演算能力は飛躍的に高まり、SW業界からは前月比数倍の演算能力が求められる。しかし、SoCはマスク設計から完成品に至るまで数年を要する。数年先に完成するSoCはどの程度の性能、容量が必要なのか。SWの要求値の方がはるかに大きくなるなか、先読みが非常に難しくなっている。
―― 中国勢は猛烈なスピードで最先端を極め続けています。
松ヶ谷 従来はMCUやSoCが持ち得る能力範囲を前提としたビジネス構造だったが、今は自動車メーカーやサービサーが望む機能・性能を実現するSoCが求められる。中国では車載グレードを問わず、入手可能な最先端品を調達してxEVに搭載し、短期的には信頼性が低くても徐々にブラッシュアップしていく手法をとっている。この事象は、かつてスマートフォンが半年に一度のマイナーチェンジを重ねながら機能向上していた状況が、十余年経った今は製品ライフサイクルが長くなってきた流れと、将来的に似通ってくる可能性がある。
―― DMS(ドライバーモニタリングシステム)は。
松ヶ谷 LLMや分析AIアルゴリズムの進化で、表情は笑っていても戸惑っている、など深い部分まで察知するカメラベースのDMSが可能になってきた。しかし、なぜそう判断したのか、どのような思考過程によるのか、など一歩踏み込んだ真のドライバー認識や状態推定はいまだに困難だ。また、個人情報というプライバシーの問題も絡む。さらに、自動運転に向けて進化するエンターテインメント空間がドライバーにもたらす安全面での影響も注視する必要がある。
―― 自動運転に向けたADASの進化は。
松ヶ谷 自動運転の進化は、第1段階が高速道路など限られた領域で人間並みの完全自動運転、第2段階がロボタクシーのように一般道でも人間と同様の完全自動運転、そして第3段階は人間を超える完全自動運転に至ることが究極のゴールである。この第3段階では大雨や霧、夜間など人間の目を超えるうえで、カメラに加え、ミリ波レーダー、LiDAR、サーマルカメラなど異なる検知原理を持つセンシングツールを搭載する姿が想定される。当社も長期を見据えたこれらのセンシング機器の開発を継続していく方針だ。ただし、第3段階に至るころには、フル機能を備えた万能車と、ベーシック車などすみ分けが起こることも予想される。
―― 今後に向けて。
松ヶ谷 材料開発から自社内製で手がけるスタンスは貫いていく。デバイス構造しかり、原理原則が理解できなければ先を読めない。また、中身を熟知しているからこそ、調達時に最適解を見出せたり、最良の判断を下せる。これゆえ、半導体製造装置や材料を含め、多くのパートナー企業の協力が不可欠である。一体となって、未来のクルマにつながる技術開発を推進していきたい。
(聞き手・高澤里美記者)
本紙2025年8月7日号1面 掲載