MetaはAI+ARに軸足シフト
9月に開催された米Metaのカンファレンス「Meta Connect 2025」では、AIサングラスの「Ray-Ban Meta Smart Glasses」に、ディスプレー機能が初めて搭載された新モデル「Meta Display」が発表され、話題をさらった。同社の発表を見るに、XRデバイスの中での注力軸がVRヘッドセットからAI+ARグラスへシフトしているのが見て取れる。
ARデバイスは現在、「ものすごいスピード」で進化しているという。逆に言えばまだこれといった技術が定まっていない状態にあるが、AIの登場と進化によって1つの方向性が示されたように思う。AIを活かすコンパニオンデバイスとしての役割がARグラスであり、目の前の世界に必要な情報をすぐに表示したり、声をかけるだけで日常の情報取得やコミュニケーション、ナビゲーションなどを、より直感的かつシームレスに行えるようになることが期待されている。
一方、ゲーム市場との親和性が高く、XRデバイスの中で先行して市場形成が進んだVRヘッドセットは次のフェーズに進みつつある。デバイス自体は使用目的がある人々の中で一巡した状況で、今後は軽量化や日常的な使いやすさといった筐体の使い心地の追求や、新しい用途展開へと歩を進めている。
もう1つ、MRグラスと呼ばれるカテゴリーも存在するが、代表的な存在の米Microsoftが「Hololens」のハードウエア展開から撤退したことや、AppleがVision Proを展開し始めたことにより、「空間コンピューター」へと統合されつつある。将来的には、VRの一部も空間コンピューターやARデバイスに吸収されていく可能性があるだろう。
いずれにしても、XRデバイス全体はまだ進化と変化の途上にあり、技術の方向性や用途も定まりきっていない。今後の展開によって、私たちの現実との関わり方そのものが、さらに大きく変わっていくことが期待される。
サムスンがXRヘッドセットを発表
サムスンの「Project Mooohan」が製品化へ
そんな中、かねて「Project Moohan(ムハン)」として開発を進めてきたXRヘッドセットを、サムスン電子が発表した。製品名は「Galaxy XR」で、見た目はApple Vision Proによく似ている。日本での発売は未定のようだが、すでに韓国、米国で発売されており、価格は1799.99ドル(約27万円)で、Vision Proの約半分だ。
サムスン電子はXRの長期戦略の一環として米Google、米Qualcommと提携しており、Galaxy XRは3社協業の結晶とも言える製品だ。サムスン電子はハードウエアを、GoogleはXR専用OSの「Android XR」を開発。QualcommはXRチップセットの「Snapdragon XR2+Gen2」を提供している。Galaxy XRはAndroid XRを搭載した初のデバイスであり、このOSにはGoogleのAI「Gemini」が標準搭載されている。
カメラやセンサーは、高解像度パススルーカメラ(×2)、ワールドフェイシングトラッキングカメラ(×6)、視線追跡カメラ4台、慣性計測ユニット(×5)、深度センサー(×1)、フリッカーセンサー(×1)などを搭載し、これらによりユーザーは、周囲の物理的な世界を確認しつつ、目の前にあるものに関する情報を即座に検索することができたり、2D画像を3Dに変換して写真やビデオなどの思い出を没入型の体験に変えたりすることができるという。また、Geminiを、Google Mapでの旅行ガイドにしたり、YouTubeのコンテンツ探索などをサポートさせることができ、3Dマップによる没入体験や動画の深掘り情報などを得ることも可能だ。サムスンはGalaxy XRを顔に装着する「新しいタイプのAIコンパニオン」と位置づけている。
SDC製のOLEDoSも採用か
Galaxy XRのディスプレーは、6.3μmピクセルピッチのOLEDoSが搭載されており、3552×3840の2700万画素でDCI-P3の95%をカバーする。リフレッシュレートは72Hzをデフォルトに、60Hz、90Hzにも対応。視野角は水平109度、垂直100度、重さは約545g(額当てクッション装着時)とVision Proより若干軽い。
ちなみに、Vision ProのOLEDoSはピクセルピッチ7.5μm、両目合わせて約2300万画素でDCI-P3色域を92%カバーし、リフレッシュレートは90、96、100、120Hzに対応している。両社ともソニー製といわれている。
OLEDoSについてはサムスンディスプレー(SDC)も開発中だが、後発メーカーということもあり、従来方式(WOLED方式)で製造するOLEDoSではなく、RGB塗分け方式で差別化を図ろうとしている。同技術を持つ米eMaginを買収し、CES2024にはRGB OLEDoSのサンプル品を発表している。AWE USA 2025ではRGB OLEDoSの最大5000ppi・2万ニットの高輝度モデルを披露し、26年の量産計画を発表しているため、Galaxy XRにも今後、SDC製のOLEDoSが搭載されていく可能性はあるだろう。
Appleはマイナーチェンジにとどまる
サムスンがGalaxy XRを発表する少し前、AppleはVision Proのアップデートバージョンを発表した。初号機との主な違いは搭載チップがM2からM5へと変更された点で、これにより空間UIの描画速度やAI処理能力が大幅に向上し、より滑らかで反応の良い体験が可能になった。新製品というよりは機能向上を図ったマイナーチェンジといえる。次世代機は27年ごろの上市で、Proではなく廉価版としてよりコンシューマーにフォーカスしたタイプになると言われていたが、最近ではこの次世代機も様子見に変わったという話も出てきている。
ではアップルがXR関連に消極的なのかというと、一部報道などによれば、ARグラスの開発にシフトしているもようだ。初号機はMetaのようにディスプレー非搭載のスマートグラス、次期モデルでディスプレーを搭載したAIARグラスになりそうだという。
サムスンも、Galaxy XRのほかにARデバイスの開発を指す「Project Haean(ヘアン)」を進行中だという。海外報道などによれば、26~27年に発表されるかもしれず、Galaxy XR同様にAIのコンパニオンデバイスとして機能を発揮するデバイスになるようだ。
冒頭に触れたように、XRデバイスは市場全体が黎明期とも言え、AIコンピューティング、空間認識、ディスプレー技術、OSプラットフォームなどの各技術が急速に進化している。XRデバイスは単なる表示デバイスではなく、人間の知覚・行動・意思決定を支援する高機能インターフェースとしてポストスマートフォン時代の中核技術になりつつあり、人と情報、人と空間の関係性そのものを再定義する可能性も秘めている。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子