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第359回

液晶の増産投資がない? 混沌とする次世代FPD投資


有機EL本命にマイクロLEDにも各社注力

2020/7/17

 1973年にシャープが電卓の表示装置に採用して以来、FPD(Flat Panel Display)の主役であり続けた液晶ディスプレー。だが、現在浮上している新工場・新ラインの整備計画が完了してしまえば、新たな増産投資計画がないという状況に陥っている。

 新型コロナウイルスの感染拡大に左右される可能性はあるが、現在ある整備計画は、そのほとんどが2022年いっぱいで完了すると目されており、今後新たな計画が出てこなければ、23年以降は液晶の増産計画がなくなるかもしれない。将来のFPD設備投資の方向性を考えてみる。

残る液晶投資の大半は10.5G


 調査会社DSCC(Display Supply Chain Consultants)の予測によると、FPD製造装置市場(FPDメーカーの製造装置購入額)は、20年に151億ドル、21年に112億ドルと推移する見通しだが、このうち液晶向けは年々減少し、22年に約13億ドルが見込まれるのを最後に、23年以降は有機EL向けのみに限られてしまう。

 現在残っている液晶の増産投資計画は、そのほとんどが10.5世代(10.5G=2940×3370mm)ガラス基板を用いた大型テレビ用パネル工場の整備である。10.5G工場は、すべて中国に5工場が整備される予定。BOE(京東方科技)とCSOT(華星光電)が2工場、台湾フォックスコン傘下のSIO(超視堺国際科技広州)が1工場である。

 このうち、BOEの安徽省合肥「B9」、CSOTの深セン「T6」、SIO広州の3工場が稼働済み。残るBOEの湖北省武漢「B17」とCSOTの深セン「T7」の整備が進んでおり、B17は新型コロナウイルスの影響を受けて当初スケジュールから立ち上げ作業が遅れているが、CSOTは4月からT7への装置搬入を開始し、順調にいけば年末までに稼働を開始する予定。また、いったん立ち上げたものの、その後の増設作業が滞っていたSIO広州も、韓国FPDメーカーのテレビ用液晶生産撤退を受けて増設を再開している。

中国政府は新設投資を認可しない

 前記の10.5G工場5つがすべてフル稼働すると、10.5Gガラスで月間50万枚以上の莫大な生産能力に達する。

 液晶業界は、BOEのB9とCSOTのT6が稼働していた19年からすでに大幅な供給過剰状態にあり、テレビ用パネル価格の下落が続いた。こうした状況を受け、韓国のサムスンディスプレー(SDC)とLGディスプレー(LGD)は相次いでテレビ用液晶の生産から撤退することを表明し、SDCはテレビ用液晶工場の一部を新型のテレビ用有機EL「QD-OLED」の量産ラインへ衣替えする投資を推進中。LGDも有機ELシフトを加速し、韓国に10.5G有機EL量産ラインを立ち上げる計画を段階的に実行しつつある。

 DSCCの調べによると、韓国2社のテレビ用液晶の能力削減は21年いっぱいまで続き、テレビ用液晶パネルの世界全生産能力の4%が削減されることになるという。これにより、21年上期ごろにはテレビ用液晶パネルの価格が安定し、FPDメーカーの収益改善につながることが期待される。

SDCは液晶ラインをQD-OLEDラインへ転換する)
SDCは液晶ラインを
QD-OLEDラインへ転換する
 だが、新型コロナの今後の推移や、整備中の10.5G工場の立ち上げ具合によっては、韓国2社の減産の影響を10.5Gの能力追加分が相殺してしまい、再び深刻な供給過剰に陥ってしまう可能性がある。こうした状況を鑑み、中国政府は10.5G工場の新設計画をこれ以上認可しない方針だという。また当然、10.5G以上のマザーガラスを使って、さらに高効率な液晶工場を新設しようという動きも見られない。

8.5G工場の転換投資が出てくる

 では、仮に22年いっぱいで前記の10.5G工場がすべて製造装置の設置を終えると、その後のFPD投資はどうなるのか。筆者は「競争力の落ちたテレビ用液晶パネル工場、なかでも8.5G工場の転換投資が活発化するのでは」と考えている。

 10.5Gガラス基板からは65インチと75インチを効率よく取ることができ、55インチの製造効率が高い8.5Gとは得意とするサイズが異なる。だが、家庭用テレビのサイズを80インチ、90インチ、100インチへと今以上に大きくし続ける必要はないため、稼働開始から年数が経過した古い8.5G工場のいくつかは、コスト競争力の点でテレビ用液晶パネルを作り続けられなくなると想定される。
 問題は、そうした8.5G工場で「液晶の代わりに何を製造するか」だ。現時点で最有力候補は有機EL。ただし、有機ELを製造するにしても、製造法には選択肢があり、①SDCのQD-OLEDのような新構造の有機EL、②LGDが量産しているボトムエミッション方式のWOLED、そして③インクジェット成膜プロセスを活用したトップエミッション方式の塗り分け式有機ELが候補として挙げられる。

大型有機ELはいずれの技術にも課題あり

 ①②③には、いずれもまだ技術的な課題がある。

 ①のQD-OLEDは、有機EL発光層を青色だけで形成し、この青色光を量子ドット(QD)層で色変換して赤色と緑色を作り出し、これにカラーフィルターもプラスしてフルカラーを実現する構造といわれている。QD層を新たに形成する必要があるため、WOLEDよりも装置・材料コストが高くなる、つまりパネルが高価になるといわれている。液晶がこれだけ低価格化したなか、「超ハイエンドテレビ用パネル」としての地位を新たに築く必要があり、マーケティング戦略を含めて売り方に相当な工夫を要しそうだ。

 ②のWOLEDは、8Kへの高精細化が難しい。ボトムエミッション方式であるため、開口率が下がると画面が暗くなる。現時点でLGDは開発ベースで65インチの8K化を実現しているが、50インチ台で8Kを実現するのは難しいと見るエンジニアが少なくない。もっとも、8Kテレビが今後どこまで市民権を獲得するのか未知数なため気にする必要はないのかもしれないが、いずれにせよWOLEDは現時点でLGDしか量産していないためコストが下がらず、液晶テレビと有機テレビの価格差は開く一方だ。

WOLEDは高精細化が難しい(写真はLGエレクトロニクスの65インチ4K有機ELテレビ)
WOLEDは高精細化が難しい
(写真はLGエレクトロニクスの
65インチ4K有機ELテレビ)
 ③のインクジェット技術は、そもそも量産実績がない。日本のJOLEDが5.5Gガラスで医療用やハイエンドモニター用の中型パネルをごく少量生産しているが、テレビ用の大型パネルを商業ベースで量産できるかという技術検証はこれからだ。

CSOTは全方位で次世代開発

 先に紹介したとおり、すでにSDCは、テレビ用液晶パネルの生産を削減する代わりに、新型有機ELのQD-OLEDを事業化する方向へ舵を切り、25年までに総額13.1兆ウォンを投資する計画を大々的に発表済みだ。

 また、ここにきて、液晶や有機ELに続く新技術として「マイクロLEDディスプレー」が注目を集め、サムスンや中国のテレビ各社が商品化に動き出している。FPDメーカーとしては、かつてのように「ブラウン管」か「液晶」か、「液晶」か「プラズマ」かといった択一ではなく、製造方式も技術的にも選択肢が多様化しており、現時点で一本に絞るのが難しい。

 例えば、CSOTの動きにそうした難しさを見ることができる。CSOTは、10.5Gの液晶、インクジェットの有機EL、マイクロLEDにすべて布石を打ち、どの技術が主流になっても対応できるような網を張り巡らせつつあるからだ。

 CSOTは先ごろ、JOLEDと資本業務提携契約を結び、インクジェット方式でテレビ用大型有機ELパネルの実用化を目指すと発表した。CSOTは、JOLEDの第三者割当増資に応じて200億円を出資すると同時に、JOLEDの能美事業所と千葉事業所で3年間にわたり共同開発を行い、テレビ用大型パネルの量産課題を解決していく。これとは別に、CSOTはJOLEDに100億円を融資し、JOLEDはこれをもとにして、新たに能美事業所に大型パネル用のインクジェット印刷装置を開発・導入する。

CSOTはサンアンとマイクロLEDの共同研究会社を設立)
CSOTはサンアンとマイクロLEDの
共同研究会社を設立
 他方、CSOTは、中国LED製造大手のサンアンオプト(三安光電)の子会社であるサンアンセミコンダクターと、ミニ/マイクロLEDを共同研究する開発会社の設立に合意した。CSOTが55%、サンアンセミコンダクターが45%を出資し、両社が持つディスプレーとLEDの技術リソースを活用して、マイクロLEDチップ、移載&ボンディング、カラー化、リペアなどエンジニア技術を開発する。一連の技術確立に3年を充てる考えだ。

インクジェット有機ELに期待

 CSOTに限らず、BOEもミニ/マイクロLEDに関してLEDベンチャーの米Rohinniと合弁会社「BOE Pixey」を設立済みであるほか、テレビ用有機ELに関してはWOLED方式での事業化を検討中といわれ、一方でインクジェット技術の研究にも取り組んでいる。

 サムスンは、SDCがQD-OLEDの量産投資を進める一方、テレビ事業を手がけるVD(Visual Display)グループは現在のところ8Kの量子ドット液晶テレビを主力に据え、次世代テレビ技術はQD-OLEDとマイクロLEDを両にらみとする「2トラック戦略」を推進し、グループ内で技術開発を競わせている。

 このように、「ポスト液晶」をめぐる次世代の大型FPD技術は、「有機EL」を本命に、その次の候補に「マイクロLED」が挙がりつつも、まだ混沌としている。ただ、液晶の増産投資が本当になくなると仮定し、8.5G工場のリニューアル投資や液晶に代わる製造装置ニーズ、テレビ用パネルとして液晶と伍する価格競争力を持つことなどを考えると、筆者としては「インクジェット成膜によるSide by Side塗り分け方式のトップエミッション型有機ELの量産化実現」に期待したい。

 いずれにせよ、2023年以降に向けて、FPD業界の新たな技術動向を今後もつぶさに探っていく必要がある。

電子デバイス産業新聞 編集部 編集長 津村明宏

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