電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第491回

Si負極LiB、ピュアSi実用化が目前に迫る


膨張・収縮の課題解決、圧倒的な高性能

2023/2/17

 携帯機器、電気自動車(EV)、エネルギー貯蔵システム、バックアップ電源、ロボット、ドローンなど幅広く採用されるリチウムイオン電池(LiB)。その市場規模は15兆円に達しており、今後も成長していくことは疑いようがない。

 一方、スマホの待ち受け時間延長や、EVの一充電航続距離延伸や加速性能向上に向けたLiBの高エネルギー密度化・高出力化といった要求が顕著だ。そのためには高容量電極の採用が不可欠で、正極材(活物質)ではニッケル比率を高めたハイニッケル系の普及が拡大している。負極材(同)ではシリコン(Si)、グラフェン、リチウム金属などが検討されている。うちSiはグラファイトに微量のSiを含有したタイプが製品化されているが、将来的にはピュア(100%)Siが期待されている。Si負極LiBの最近の動きをレポートする。



容量はグラファイトの10倍

 現状、LiB負極にはグラファイトが中心に採用されているが、容量は370mAh/g程度に留まり、今後のさらなるLiBの高エネルギー密度化の足枷となっている。これに対し、Siの容量は4200mAh/gと、グラファイトの10倍以上だ。

 また、Siはグラファイト同様に低電位で、高電位の正極材と組み合わせることでリチウムイオンのインターカレーションを実現できる。加えて、Siは地球上に最も豊富に存在する材料のひとつで、かつ半導体や太陽電池などで広く採用され製造プロセスも確立されている。そのため低コスト化にも有利と言われている。

Si膨張、最大4倍に

 一方で、Si負極は充放電の際に膨張・収縮を繰り返し劣化が起こるという致命的な課題がある。充電時は最大4倍に膨張することがあり、放電で収縮する際に電極構造を破壊して電池が劣化することが指摘されている。このため、グラファイトにSiを一部含有するかたちで製品化されるにとどまっている。

 例えば、テスラやパナソニックが開発する円筒型LiB「2170」(直径21mm×長さ70mm)はSiを5%程度含有し、業界トップレベルの重量エネルギー密度270Wh/kgを達成している。また、2社はSiを50%程度含有し、重量エネルギー313Wh/kgに対応した同「4680」(直径46×長さ80mm)を開発中。膨張・収縮の課題に向けてはイオン伝導性ポリマーの活用により解決するとしている。4680は今年から生産される計画だ。

ベンチャー中心に開発進む

 一方で、ベンチャーを中心にSi負極を活用したユニークな技術が開発されている。具体的な企業はアンプリウス・テクノロジーズ、エノビックス、シラ・ナノテクノロジーズ、ワンディ・バッテリー・サイエンス、ライデンジャー・テクノロジーズなどだ。うちアンプリウスとシラは、米バイデン政権が法案化したBipartisan Infrastructure Law(超党派インフラ投資法)に基づく補助金を獲得した米企業20社に選ばれた。補助金額はそれぞれ5000万ドルと1億ドルだ。

 またこのほど、ORLIBとGSIクレオスは共同でピュアSi負極LiB技術を開発し、実用化にめどが立ったと発表している。

アンプリウス、LiBに比べ2倍のエネルギー密度

 アンプリウスは、独自Siナノワイヤ「HESO」を採用することで膨張・収縮を払拭することに成功。同社によるとSiナノワイヤは基材に根差しており、ミクロ・マクロサイズの多孔質構造により膨張・収縮に耐えることができる。加えて、負極とポリマー電解質の良好な界面形成により、サイクル回数を大幅に改善。さらに、高容量化により負極の厚さをグラファイト負極の半分程度に抑えた。

 性能面では重量エネルギー密度450Wh/kg、体積エネルギー密度1150Wh/Lと、既存LiBの2倍程度を実現した。充放電レートは10Cに対応し、6分間で80%の充電が可能だ。稼働温度はマイナス30~55℃。用途としてはウエアラブル機器、ドローン、HAPS(成層圏プラットフォーム)、eVTOL(電動垂直離着陸機)などを想定している。

 19年末には独エアバス・ディフェンス・アンド・スペースから資金調達を受けるとともに共同開発を推進。また、22年末には英BAEシステムズと3年間にわたる共同開発を契約。いずれも防衛関連とみられる。

 アンプリウスは本社フリーモントに研究開発センターおよび試作ラインを有している。一方、米テキサス州または米ジョージア州にGWhスケールの量産工場を建設する計画を進めている。

アンプリウスのSiナノワイヤ負極LiBセル(ラミネート型)
アンプリウスのSiナノワイヤ負極LiBセル
(ラミネート型)
 また、22年末にはアンプリウスのSi負極LiBが第三者機関実施の釘差し試験に合格し、米軍の軍事性能仕様に適合したと発表。具体的には、重量エネルギー密度390Wh/kgのラミネート型セルに対して、直径0.113インチのSUS釘を用いた釘差し試験を実施した結果、燃焼も発煙も観測されず、また軍事性能仕様)で求められる外部温度170℃を超えなかったという。

エノビックス、22年から生産

 エノビックスは米DOEの補助金などを活用してピュアSiを活用したLiB「3D Silicon Lithium-ion cell」を開発している。最大の特徴が負極をSi層、ステンレス層、セラミックス層の3層構造としている点で、ステンレス層の拘束によりSiの膨張を抑えるという。

 性能面では体積エネルギー密度900Wh/L、サイクル回数1000回を実現した。また、10分以内に90%以上の充電が可能だ。

 製品としてはウエアラブル機器(GPSウォッチ、オーディオサングラスなど)、ラジオ、スマホ、ノートPCといった携帯機器向けにラインアップしている。既存のLiBの代わりに搭載することでそれぞれの機器の使用時間を延長できる。一方、25年以降はEVなどの電動車向けも本格化していく考え。

 生産拠点は本社フリーモント工場。20年に着工し、22年から生産を開始した。生産工程はLiBと同様に塗工法(ロール・ツウ・ロール法)を用いるが、一部異なる。塗工法は大まかに正極層、負極層それぞれを形成してシート状にする電極工程、正・負極層およびセパレータを積層や倦回などして容器に入れてセルとする組立工程、セルをモジュール化して半導体や電子部品などを取り付けるパック工程に分かれる。うち同社の組立工程は独自技術「Drop-In」を採用している。これはロール・ツウ・ロールによるレーザーパターニングにより高速にセルを積層するものだ。

 一方、同社は第2工場、第3工場の建設計画も進めている。いずれも北米またはアジア地域を想定しており、第1工場は今年内にも投資決定する考え。

ライデンジャー、25年から生産

 ライデンジャーはピュアSi負極を採用したLiBを開発している。大きな特徴が多孔質構造とすることで膨張を抑えた点。製造プロセスは銅基板上にPECVDを用いて直接的にピュアSiを成長させるもの。半導体・太陽電池産業で広く使われる薄膜成長プロセスを応用したとしている。

 同社はオランダ・アイントホーフェンにパイロットラインを開設済み。ピュアSi負極は塗工法対応のPECVDによりシングルステップで製造される。一方、生産工場は23年に着工し、25年から生産を開始する計画だ。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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